日記・コラム・つぶやき

海は青かった

3910mの明石海峡大橋を渡って、淡路島の玄関 岩屋温泉 松帆の湯へ。温泉で日頃の疲れを癒して、18時前には今夜の宿グランド淡路ニッコーに到着。 何年ぶりかに見た海は青かった!青かった❕ 新型コロナで3年間も自粛(萎縮)生活をしていると海の色さえ忘れてしまう。

Awaji20220609_0639461654812189166_20220630072501  汲みあげた海水は透明 なのに海の色はなぜ青い?おなじみ海の色問答、水の分子は波長の長い赤系の光を吸収しやすく、波長の短い青や緑は海中で吸収されず海表面で乱反射するため、海は青く見えるそう。   ホテルは夢舞台や国立公園近くにあり、豊かな自然と整備された歩道が調和して朝の散歩を楽しめる。地産地消が売りものの高級フレンチは、まだまだ勉強の余地がありそう…

 20220609_075050_2022063007240120220609_075418_202206300724011995年1月の阪神淡路大震災から27年、見事に復興なった淡路島には、テーマパークも多くその一つイングランドの丘へ足を延ばした。徳島寄りのイングランドの丘へ、下道を走って高速代を節約したせいで、心細くなるほグルグル同じところを回り2時間以上かけてやっとたどり着きましたイングランドの丘。

1655939316359_20220630073701ご飯よりお風呂大好きのカピバラ、1日のほとんどを樹上で休息しているコアラたちも動物園で見るよりゆったりしているよう。何より楽しめたのは、バラ園行きのトラクターに引いてもらうバス。でも熱中症になりそうなくらい暑い暑いアツい。私たちシュフが活気づくのは、新鮮野菜や名産淡路島玉ねぎ、キンメダイの干物の値段を見て確保した時だけ。

Photo_20220623083601こちらは日本海側、舞鶴軍艦港、海も空も穏やかで蒼い。ウクライナ軍事侵攻で、地球上で賛成少数のロシア、かってソビエト連邦だった1961年4月、人類初めての有人宇宙飛行が成功して世界中から拍手喝采を浴びた。その宇宙飛行士ユーリイ.ガガーリン(1934-1968)が、宇宙船ポストーク1号から地球を見て発した「地球は青かった」はあまりにも有名。ただそれは日本だけの引用で、「空は非常に暗かった。一方地球は青みがかっていた」が本当とか。

 

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若葉雨   武田一子先生を偲ぶ

 若葉雨 なにかやさしく ものをいふ 西島麦雨(1895ー1981)  若葉雨の今日5月5日はこどもの日、5年前のこの日 原稿を書きながら亡くなられた武田一子先生のお命日でもある。

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GWも今日で最後、珍しくやる気を出して早朝から自室の本棚を整理、一晩で読める文庫や雑誌はためらわず捨てる箱に放り込めるが、愛着のあるディック.フランシスの競馬シリーズや須賀敦子のイタリア物、池田晶子のソクラテスはどうしても捨てられない。写真アルバムもスキャナーで読み込んで捨てれば…とアドバイスをいただいてやっと2000年までを終えたが写真は残している。

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赤いジャケットとひざ丈スカートの武田先生、1992年12月3日、嵐山嵯峨野巡りを楽しんだ時のスナップ。嵐山には名残りの紅葉が残っていて「温暖化のおかげかね」と顔をほころばせられた。豪華ジャケットにパンツスタイルが先生の定番だったが、スカートもお似合い。落柿舎近くの神社でおみくじを引き神妙なご様子。

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武田先生は助産師学校が京都で私の大先輩、学生時代の講師でもある。京都がお好きで摘草料理の大原美山荘や八坂神社近くの未在のような高級料亭だけでなく、四条大宮近くの定食屋も愛しておられた。本棚バックに身を乗り出して真剣な表情で聞いておられるのは、「ダイオキシンの話」、ダイオキシンと母乳が大問題になって、1986年6月22日 私の助産院で摂南大学宮田先生をお招きして講義を受けたときの1枚。仕出し屋からの弁当を残さず頂いた後、庶民の定食屋もという健啖ぶりであった。

Photo_20210505061403  Mmmmm

1999年7月 桶谷創立から苦楽を共にしたメンバーズ5人で北海道を旅した。創立からのメンバーはもっと多数だが、体調がよくなかったり桶谷先生の勘気に触れて連絡も取れない数人もいた。北海道は初めてではないが、会議会議で時間に余裕がなく、空港とリムジンバス、ホテル会議場の記憶しかなく「来た、見た、帰った」と自嘲気味につぶやくしかなかった。今回の旅は仕事全くなし、函館から入って函館山、小樽の石原裕次郎記念館、、小樽運河、トラピスチヌ修道院とゆっくり巡って心に残る旅となった。

Photo_20210505061601 これは鳥取.島根の旅ですね、チューリップ畑や小泉八雲邸の時のジャケットですね。時々このコロナ禍、武田先生ならどんな決断をされただろうと考える。先生の70代以降は桶谷で多忙を極め、持病で検査入院される時もあったが、病気や不調は徹底して口に出さなかった。フラっと京都に来られ、新阪急の鉄板焼きロインで200gステーキを楽しみ、愛煙家で食事中もスパスパ煙草を吹かす姿は堂に入っていたが、アルコール類は梅酒と赤玉ポートワインをなめる程度、あたりを威圧するオーラの持ち主がアルコールを勧められると困惑しながら「飲めないんですよ…」とお断りになる姿は可愛らしい雰囲気であった。 

5月10日過ぎれば、昨年新型コロナで亡くなったTさんご夫妻のお命日が来る。上京するたびに、銀座空也の最中を買っておいてね、武田先生を偲ぶ会場に連れて行ってねとアッシーさせた年下の友人ご夫妻であった。悲報を聞いたのは半年後、唖然茫然…謹んでご冥福を祈るのみ…  やっと私どもも、6月末には2回の新型コロナワクチン接種が終わると予定が立った。コロナワクチンには賛否両論あり、副作用も突然死も百も承知、他人に強制はできないが、医療従事者である私はマスク手洗い、換気以外に自分にできる事として接種したい。

 

 

 

 

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花相似たり

  新年おめでとうございます。本年もたくさんの賀状をいただき感謝しております。

1枚づつめくって「まあ あの赤ちゃんが 2児のパパに‼」とか、「なんて素敵な家族写真❣」と喜んで拝読致しました。

例により返礼を出せない方がほとんどで、厚かましくもこの場を借りて御礼申し上げます。

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昨年も大晦日まで仕事がありバタバタだったので、黒豆とニシン昆布巻きは25日までに仕上げて冷凍を試みました。

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おせち完成、虎屋の花びら餅も頂いての新年が格言通り丑年は躓くに。 親類一同新年会はホテル宴会 持ち寄りお節交換会 コロナ自粛で中止となったのです。

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今年で9年目になりますか…大晦日に若新さんのだし巻が届き、地味なお重が途端に華やかな京風に大変化。年はじめに出ばなを挫かれての自宅引き籠りを解除すべく、エイっと気合を入れて1月3日、恐る恐る 早朝の平安神宮に初詣、余りのガラ空きに拍子抜けしました.春着は小倉淳史さんの辻が花の付け下げ、好みの銀地松の袋帯を合わせています。

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1月4日は、2004年に没された恩師桶谷そとみ先生のお命日、自宅で静かにお線香を手向ける。先生にご教授頂いた通りにはできませんが、私なりに基本は崩さず何とか頑張っております。             12月初めから、「母乳不足+おっぱい飲めない」の新生児さんがたくさん来られて、ソーシャル取りつつのcareは本当に気を使いました。若いママは勿論周囲の応援も素晴らしく、1月4日には ほぼ全員が飲めるようになり摂取量も多くなって目標達成です。コツ?秘訣?  

ママだけでなく赤ちゃんにも「今おっぱい飲める状態ですか?」とお尋ねして、今一つだったらその状態を改善してからの授乳careをしたことかな。グッドニュースでした。

Photo_20210113182501 Photo_20210114041901この冬空の下、ハクモクレンも桜も若いつぼみで準備しています。年年歳歳花相似たり、歳歳年年人同じからず(ねんねんさいさい はなあいにたり、さいさいねんねん ひとおなじからず)   作者は中国 唐時代の詩人劉廷芝(651ー680)さま。  自然界の花は毎年同じように咲くけれど、人間は境遇が変化してゆく、この世を去る人達もいれば赤ちゃんが誕生してメンバーズもたえず入れ替わっている…     そう,兼好さんも徒然草189段で「今日はそのことをなさんと思えど  あらぬ急ぎ 先づ出で来て(あらぬいそぎまずいできて)紛れ暮らし 待つ人は障りありて頼めぬ人は来たり」ズバリ予定通りに行かないのが人生だよと指摘しています。           今日は隅々まで掃除機かけて気になっている文献読んでとの予定がほかに急用ができて日暮れてしまった…   久しぶりに心めく人とのデートを楽しみにしていると家人が具合悪くなってとオジャンに、あんまり会いたくない他の人が「ご機嫌いかが?」とやってくる始末。ウフフ 予定通りに行かないのが人生ですもの、生きてるうちが花 今年も張り切って失敗ものともせず頑張ってまいりましょう。

 

 

 

 

 


 

 

 

   

 

 

 

  

  

 

  

 


 

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AYA世代(あやせだい)

ここ半年ほど、届いた専門書にすぐ目を通す珍しい習慣ができた。    周産期と悪性腫瘍を読んでいると目慣れない言葉にドキッ、AYA世代がん❓         2010年ごろから登場してきた言葉で、思春期.若年成人世代( adolescent and young adultAYA)と丁寧な解説がある。定義には諸説あるが、ここでは15歳から39歳の年代を指していた。AYA世代は、小児がん.成人がんどちらも発症し診断が遅れたり治療の選択肢が限られたりと問題が多い。   ただ、自分はAYA世代だと認識している方があまり多くない現実から考えると、一般に浸透するのはもう少し時間がかかりそう…    
Photo_20201025075701Hanamizukimi 2_20201025075901 マスクの中まで漂ってくる金木犀の香り、ハナミズキも赤い実をつけて小鳥たちを誘っている。10月中旬、恒例の私の誕生日祝いを「新阪急美濃吉」でしてくれるという。   さあ困った、マスクという隠れ蓑の下でのグータラ生活、髪はちびまる子ちゃん風ショート、易きに走るは人間の常、化粧は勿論 顔の手入れもせず放置していたツケが回ってきた。   金屏風の前で冷や汗ものの記念撮影 着物は望月間道(もちづきかんとう) 帯は更紗に部分佐良刺繡のしゃれ袋、着物風ヘアは専属美容師の敢闘賞ものかな。顔❓ 魔法鏡で見ることにして開き直っています。

Photo_20201021140901  Photo_20201021141001  Photo_20201022170501 Photo_20201022192801   仲居さんと板前さんのサービスよろしく、秋色前菜に始まり名残の焼き小アユを特製酢味噌で頂くのも美味。家庭料理とは格段違う材料とおもてなし、最後は持ち込みの、大阪ヤカタさんのアップルパイをモリモリ頂き大満足の一夜でした。    コロナと共存の新しい休日習慣は、伏見のお稲荷さん詣で。早朝7時前に阪急を降りて四条大橋を渡り、南座を見ながら京阪乗り場へ。早朝のお稲荷さんの境内は清々しく、多少 気力が弱っていても霊験あらたか、元気になる。(ほんとかな)千本鳥居を抜けおもかる石までが通常コース、気持ちに余裕があればもう少し足を延ばす。何しろ気力.体力勝負の助産師業、お稲荷さんの坂道山登り、石段の昇降が元気の秘訣? 生花を求めて毎週の錦へのお出かけも復活した。

Photo_20201025082501   Photo_20201025083801  あざといちゃっかり は褒めことば?になりつつある。ちゃっかりあざといお嬢さんと親しくなるのは難しそう。じわるは国語辞典にも載っているとか、ン見、ガン無視、頑張ったぜワンチャン、言葉は急速変化を遂げている。ワンチャンはチャンスの前髪をつかめ、チャンスは禿げ頭(失礼)の意らしい。チャンスの神様はギリシア神話のゼウスの末っ子さん、カイロス様ですって。

5_20201024130401   この下を向いた、前髪だけふさふさの美少年が一瞬のチャンスの神様、カイロス様、いつも一緒のクロノス様は、過去―現在―未来と連続して流れる時間を司どっておられるそう。

 

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空蝉(うつせみ)

《 空蝉 の いずれも力 抜かずゐる》 阿部みどり女 梅雨入りも遅く蝉も鳴かない今年の夏にやきもきしていたら、祇園さんの先祭りが終わった7月18日、二条城のお堀の生垣で空蝉発見!天声人語8月12日には、旅立ちは樹木でなくても構わない、たくましくコンクリートの壁にしがみつく抜け殻もあるとか…役割を終えたはずの空蝉に筋力さらには視力さえ感じてしまう俳人たちの眼の不思議よ。

Photo_20190815081201  2_20190815080601  «青春の 過ぎにしこころ 蝉の殻≫ 福島清恵   仕事場の助産院(母乳外来)には10年に1~2人、劇症型乳腺炎の方が登場する。今年がその年でした‼ 部位は乳輪下が多く発症から72時間を待たず膿瘍化してしまう。乳腺炎は発症から72時間以内にcare開始すれば膿瘍化を防げるという常識が通用しない早い進行が特徴。その診断をつけ、乳腺外科と連携し今後のためにcare手順を残すのは私たちの仕事なのだが、経験と勘だけではcareはできない!!乳腺外科医とは密に連絡を取り、所見を率直に話し合った。ご本人は勿論ご家族その他サポートして下さる方達も巻き込んでの長くて短い2週間でした。まず全身症状が落ち着き、切開創もきれいに上がって、careも終盤です。私が二条城周辺を歩くのは、仕事モードから個人モードにスイッチを切り替え、梅仕事をこなしツン読だった本を開き、新しいナス料理にチャレンジのためです。

Photo_20190815131301Photo_20190815131901でも家族はいつものニシンナスの方が良いーとか、万願寺と返りちりめんとのジャカジャカ(油いため)がスキーとか保守的で新作ナスのヒスイ煮の評価はイマイチ。  文化人理学者というよりもゴリラの大家山極寿一氏と、行動する作家小川洋子さんの対談&屋久島トレッキングと読みもの見もの多彩、「ゴリラの森.言葉の海」うーん何回か山極さんの講演をお聞きしているが「ゴリラは理想集落なの??あまりにゴリラ社会を理想化しすぎ」という疑問が消えない。森 絵都さんの「カザアナ」 WHAT′S「クニデ?」家出の国家版ですよ。少年の日々はかくあったか…夏のジャムはルバーブ、デパ地下の野菜売り場に売れ残っているのを見るとつい買ってしまう。ザクザク切って60%のグラニュー糖を加えただ煮るだけ。かたいルバーブが20分ほどでアマ酸っぱいジャムに変身します。

Photo_20190815131401 Ruba Photo_20190815134701  Photo_20190815135201        Photo_20190815080701エビラ(ざる)の上で3日間 気持ちよく乾いてゆく梅干しです。

 

 

 

 

 

 

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春の食卓

Photo_8  Dsc_1042満開の桜も震え上るような花冷えスタートの4月、新元号令和が発表された。新しい時代が始まる事への期待と、激動の平成の30年との別れの寂しさ「サヨナラだけが人生だ」…唐の詩人 于 武陵(う ぶりょう)の『勧酒』は知らなくても、井伏鱒二の超名訳は何となく知っている人が多い。

勧君金屈巵  君に勧む 金屈指 / 満酌不須辞  満酌辞するを須いず /花発多風雨 花開けば風雨多し/ 人生足別離 人生別離に足る   

井伏氏の超訳はこうです。コノサカズキヲウケテクレ / ドウゾナミナミツガシテオクレ / ハナニアラシノタトヘモアルゾ 

/「サヨナラ」ダケガ人生ダ   今夜は魚好き(肉も好き)一家の春の食卓です。メインはおひとり様一尾という豪華キンメの煮つけ、豆ごはんは体型を意識してベトナムの器に少しだけ、焼イカと分葱のカラシ酢味噌和え、差し入れの刺身盛り合わせ、なんと新じゃがのポテトサラダまで!キンメは両面に軽く塩して10分、その間に新ジャガを火にかけ分葱を茹で、付け合わせの菜の花も軽くゆでて冷ます。キンメに切れ目を入れて熱湯で霜降り、水200ml酒とみりん100mlづつ ゴボウを並べそーっとキンメをナベに入れて落し蓋して中火10分、大体火が通ったら醤油65mlを加え(甘いのがお好みなら砂糖大匙1)5分くらい煮て出来上がり。キンメは姿を崩さず皿に盛り付けるのは男性陣の出番です。

Photo_9Photo_11Photo_3Photo_5Photo_6   

我が家流の豆ごはんは、ウスイエンドウを先に塩ゆでしてゆっくりと冷やし 炊き上がり10分前にご飯にのせるやり方。この春の食卓アップにこぎつけるまでに2週間かかり満開の桜もいつか葉桜に。ブロバイダーNiftyのリニューアルが思いのほか時間がかかり、最近まで次々不具合も出て悪戦苦闘でした。春休みの宿題提出にこぎつけた子供の気分…最後は西陣の萬重に出かけた時の着物で〆ます、着物は源氏香を散らした毛万筋江戸小紋、帯は灰青色地に蓮のしゃれ袋。帯締めは道明の淡い紫です。

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新年ご挨拶2019

明けましておめでとうございます。今年の元旦はうらうらと暖かく、 穏やかな一年を祈願して北野の天神さんとゆかりの寺にお詣りしてきました。

Dsc_0832_2 Photo_14Photo_15春着は小倉淳史さんの辻が花染、薄紅紫地の付け下げに正倉院龍鏡の袋を締めています。初明かり銀河系 字あざ宇宙かな 原子核物理学者で政治家.俳人の有馬朗人様(1930~)の句。窓に初明かりがさして、外では人々が新年を寿ぎあっている…広大に見えてもこの地球は銀河系全体から見れば中心ではない あざ即ち田舎でしょうねと。私共が自宅の正月大宴会から某ホテル料亭祝宴になって10年程でしょうか。毎年会場を提供して何家族ものお節料理を作り、立ち働いてお正月を迎える我が家の負担を考えた親戚一同からの申し出あってのことです。

Photo_24Photo_3 Siromiso Photo_4 この料亭 昨年若い料理長が就任、さすが何百年も続くだけあって老舗の味はしっかり受け継がれ、器も新しい工夫が凝らされて楽しい事限りなく味は飛び切り上等でした‼ Photo_25舞鶴生れの俳人大石悦子様(1938~)の新年の句海溝を 目無きものゆく 去年今年こぞことし太陽の光も届かない水深6000mを超える深海、この暗黒世界を泳ぎ行く目もない生命がいて、現在が過去に今年が去年になって行く助産院は昨年末にホームページ.看板.内装を一新しました。本年もどうぞよろしくお願いいたします。 


 

 

 










 

 

 

 






































 


 

 

 

 

 

 

 

           

 

 

                                 

 

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巨星墜つ  武田一子先生を悼む

訃報は突然だった。助産学生時代の友人Mさんから,5月5日夜間に武田一子先生が亡くなられたと、電話で伝えられた。巨星墜つ…あまりの衝撃に茫然と立ち尽くしていたが、私は たくさんの患者様を抱える身、泣いてなどいられぬと自分を励まして長い一日を終えた。85歳の先生は、ゴールデンウイーク中の5月4日も気になる患者様を診て、当日もご家族と昼食を伴にされ、下見してあったジャケットを試着して購入され、その直前まで原稿を書いていらした様子だという。

    _9410   19811  先生との出会いは、私が助産学生だった40年数前に遡る。当時40歳になられたばかりか、いつもおシャレ!で、颯爽と教室に入って来られる武田先生は憧れの的だった。その頃は、病院分娩全盛、助産院分娩は衰退の一途、産婦人科医たちからしばしば「助産師不要論」が噴出した。その中で、この手の技術を後世に伝えたいと武田先生や開業助産師の大先輩たちは堂々と講義で述べられ、助産師がどんなに素晴らしい職業かを熱く語られた。その大先輩の武田先生と桶谷式の団体でご一緒になり、いつも1歩どころか100歩くらい先を見据えて、桶谷を発展させてくださった。この古い写真は、1986年 私どもの相談室を使って 哺乳瓶<母乳相談室>開発に向けて口腔内ビデオを撮影してるところ。P社研究員大貫氏が口腔内ビデオで、母乳を飲む赤ちゃんの口の中と頬の筋肉の動きを観察しているところ。中央赤いセーターが武田先生、ストップウォッチを持つグレーのシャツは私です。<母乳相談室>は現在も、十分愛され活用されている。Photo_2Photo_3  武田先生との最後の仕事になったのは、恩師桶谷そとみ先生の論文集を会員向けに製本する事と、後に『想伝』として会員向けに出された生涯編と技術編のビデオ作製であった。桶谷先生の手書き原稿は右の内容のようにイラストが多く、読み込むのに非常に苦心した。幸い、論文集≪乳房治療による乳汁分泌刺激≫は会員のKさんが粘り強く原稿打ち込みに協力してくれて何とか形になった。この本の表紙の色は古代の貝紫を思わせる深い色だが、うちのカメラとスキャナのせいで青藍になってしまいました。すみません。ド素人の私が、残されたVHS形式の54本をDVDに直し擦り切れるほど見て何とか2本のビデオの土台を作った。もちろん編集のプロ、浜谷先生のお力を借りての完成である。あれもこれも武田先生の発想から生まれ、よちよちオタオタの私たちを時に叱咤激励し、ときに美味しいフレンチやステーキハウスで飴をなめさせ、思いもよらない発想で私どもに驚きを与えてくださったお陰だった。まだまだ先生に頼りきっていたのに…

Photo_3  Photo_2先生、芳名板のたくさんのお花をご覧になられましたでしょうか?面倒見が良くて気風が良くて、たくさんのカミナリも落とされましたが、それ以上にお世話になり可愛がって頂いた私たち後輩が先生をお慕いしての花花花です。最後に私の好きな漢詩,唐の詩人王維の孟浩然を送る歌でお別れです。 

         哭孟浩然   王維

故人見不可  漢水日  嚢陽老 江山空蔡州

« 人見るべからず   漢水日に東流す  問す嚢陽の老 

江山空しく蔡州あり»

例により超訳です。52歳で孟浩然さんは逝ってしまった、もう会えない…ただ漢水が東へ東へと流れてゆくばかり。40歳の私王維は、嚢陽の長老に孟浩然さんの在りし日の面影をお尋ねしたいが、川を見ても山を見てもむなしく、漢水に浮かぶ島蔡州を見るばかり。有難うございました。武田先生 安らかに。

 

    

  

 

  

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正倉院の秋

毎年 晩秋のお楽しみは、奈良国立博物館の正倉院展、行列嫌いの京都人ですがこれだけは例外、読売新聞社のY様のご好意も嬉しく、朝6時46分発近鉄電車で出発です。_edited1_3この正倉院展は学生時代から観ていて、一時中断はありますが、40年以上通っています。近年は和服でお出かけして近鉄奈良駅からのランニングに不利なことが判明、経験を活かして平服ワンピとローヒールです。そして何と何と8時前に博物館到着、初めて2列目の軒下に並んで、池を隔てた対岸の景色を撮影する余裕ぶり。9時10分には入場しました!

 

 Img_0001  Img_0002 Photo_2今年の呼び物紫檀木画槽琵琶(シタンモクガソウノビワ)、まるで現代のバッグやオシャレ小物のデザインのような…

 

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 堅い紫檀の木の1枚板に織文を思わせる木画による小花文を象嵌ですって、スゴーい。お次の華やかなのものさしは、紅牙撥鏤尺 [こうげばちるのしゃく]「乞巧奠(キッコウデン)七夕の行事で裁縫上達を願った行事に使用されたらしい。長29.7 幅2.3 厚0.8

 

Photo_13  Monosasi2_edited1昔の一尺物差しですが、あと何枚か正倉院にある撥鏤尺を比較すると微妙に長さや区切が違っていて、実用向きではなかったとか。さて、最後の室  古文書に来ました。続正倉院古文書別集には、「長いこと病人の看病でお休みしてすんまへんどした。やっと落ち着きましたさかいそろそろ出勤さしていただきます。」また隼人計帳(南九州出身者の徴税基本台帳)には、姓が隼人さんばかりなので、右頬に大きなほくろとかあってまるで天平のマイナンバーのようです。この正倉院があるのも皆、皇后光明様のおかげですが、聖武天皇様が薨去されてからわずか四年後に亡くなられていたんです…甥(姉の藤原宮子の子)と結婚して皇族以外の初めての皇后で苦労が多かったかな。そう思うと最後の展示五月一日経、亡き父母供養の経を見る目もまた違ってきました。Photo_5  Photo_12

宮城谷 昌光さんの劉邦」上中下、歴史観が変わります。ドラマの項羽と劉邦 King's Warでは項羽は若くてハンサム、戦に強くしかも虞姫(ぐき)、あるいは虞美人一筋浮気はしません。対する劉邦様は、40過ぎの中年おじさんで初めは戦は弱いし、後は英雄色を好むの典型美女大好きのはず。高校生の頃に暗記した四字熟語や名言がたくさん出てきます。例えば,韓信を評した国士無双、あとには 引けません背水の陣、項羽の最後四面楚歌などなどしかし宮城谷さん描く劉邦は、全く違います。 前漢の祖 劉邦が活躍したBC200年頃は日本では稲作始まるの弥生時代。読んでみるとワクワクしますよ。もう2冊、上橋菜穂子さんの「鹿の王」上下、上橋さんはこの本の構想を体内を侵すウイルス「破壊する創造者」という生物進化論の1冊と柳沢桂子さんの「我々はなぜ死ぬのか」に触発されて書いたと後書きで述べている。私も柳沢さんの本はほとんど読んでいるが、そうだったのかと感心したあとは綺麗さっぱり、まあ あまりに多忙な毎日ですからと逃げを打ちます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ルバーブでジャムを

暑中お見舞申し上げます。

暑さに拍車をかけるように早朝から蝉の大合唱団が歌う、唄う。「蝉たちの はかなき七日のコンサート 」 2013年 佐世保の中学生森 悠斗さんの句です。蝉と赤ちゃんはなくもの、人生相談で赤ちゃんの泣き声が嫌いという若い女性に対して、作家の伊集院 静氏の回答はこうです。「もしも赤ちゃんが泣き喚かなかったら人類はとうに滅んでしまっているんだぜ」Photo_5 人類繁栄の証、母乳ベビーをご紹介します。トップバッター泣き喚かず、静かなえいたくんは祗園祭の山鉾巡行の日に誕生、兄  ようたくんともよろしく。

Photo_6 ともかちゃんは7月5日誕生、初々しい美ベビーの姉はふみちゃんです。こちらもよろいく頼みます。

Photo_10ちょっと写真が大きくない?
第4子みことくんは、将来楽しみな大物です。みことくん一族は、叔父さんからいとこハトコまで当院御用達の母乳一族なのです。真打登場、みなとくん、断乳おめでとうございます。子供は未来である、ある小児科医の言葉ですがみなとくんにぴったり、ますます成長してください。君たちが、断乳後一段と賢くなって来院した姿を見ると、別れも楽しと強がる私です。_edited1_2 今が旬のルバーブ(食用ダイオウ)で簡単にできるジャムを仕上げてみました。ルバーブには緑と赤があり、10月頃まで出回ります。1センチくらいに切ったルバーブ1kgくらい、ホーロー鍋に移して500gのグラニュー糖をかけて1時間置きます。この間に昼食用の賀茂なすのぽん酢かけを作っておきます。1  Photo_8月も下旬になると賀茂なすもそろそろ終わり、出始めの赤ちゃんの頭ほどの大きさからやや小ぶりになってきました。賀茂なすを4つ割人にして厚さ1センチにカット、中温で揚げてみょうがとシソを散らし、ぽん酢に煮切った酒を加えたドレッシングにはおろし生姜を忍ばせます。さっぱりと頂けますよ。

Photo_14さて1時間経ったらルバーブのホーロー鍋を中火にかけます。2_2   5分経過           5  Photo_2  

煮始めて5分、鍋の中はあっと驚く大変化、仕上がりまでわずか10分位、保存瓶の消毒が間に合いかねます。  女子の好きな酸味が効いたお味です。今  私のベッドサイドにあるのはPhoto_9 Photo_12この5冊、中でも5年前に亡くなられた河野裕子さんの本は、何度も読み返し身につまされて眠れなくなるのが難点か…ここには出していないが、私にとっての羊が何頭はジョージ・Gスピーロの「ケプラー予想」、これはもう表紙を見ただけで眠くなる。

Photo_5Photo_10 盛夏のお出かけは勿論紗の小紋、帯は白の夏絽、着てしまえば着物は涼しいですよ。

  

  

            

 

 

 

 

 

  

   

 

  

 

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