文化・芸術

兵馬俑と古代中国展

  2月24日にロシアからの侵略が始まり、今なお、出口の見えない泥沼のウクライナを夜のニュースで見る。本当にマリウポリは陥落寸前なのか、この侵略を止めるべきはロシアのプーチン大統領だが、彼はブレーキの利かない戦車に乗ってしまった…安全な日本にいる私にできることは、ウクライナから目をそらさず関心を持ち続け、心ばかりでも確かな所に寄付を届けるだけ。

Photo_20220420233601Photo_20220427073201    Photo_20220420233602京セラ美術館で開催中の兵馬俑と古代中国を観てきた。ヒトや動物の姿を写し取った像を俑と言い,故人の死後の生活のため地下世界に収められた1974年に西安市で発掘された秦の始皇帝(BCE259-210)の兵馬俑8000体が有名。図録の表紙を飾る跪射武士俑(キシャブシヨウ⁾は高さ122㎝ 、弩(ド=イシユミ)集団の一員の彼は、右膝を地面につけ左膝を立て弩を構えて待機している。 モノクロ写真は、発掘時のまま始皇帝陵の土中にある兵馬俑。等身大の前面の武士団が、向かって左に揃えている髷にも注目!。

Photo_20220415133603Photo_20220418130501Photo_20220418134302Photo_20220418134301時代からは、イラストのような立射武士俑178㎝や、アクセと見まがう愛らしい金虎 高さ3.1㎝【もしかして虎符】も出土している。

20220410_102340_20220418132901 Photo_20220418132501   Photo_20220418132603展示最後の室は撮影OKなので、イヤホンガイドつけたまま、スマホを迫力満点の舞台に向け夢中で撮影中。着物は灰水色大島、葉桜の名古屋帯という装い。

 Photo_20220418180601 Photo_20220418180501Photo_20220419184301彩色騎馬俑は高さ33cm、長さ34cm 秦時代から見るとまるでミニチュア、皇帝陵ではなく劉邦に従った臣下陵のもの?  右の彩色歩兵俑高さ48cm,顔貌が北方系らしい。のちに激しく争うことになる匈奴とも前漢時代は仲良く交流していたのか?   BCE202年、漢の劉邦が垓下の戦い(ガイカノタタカイ⁾で楚の項羽を破って漢皇帝の座に登ったのは46歳の時,劉邦が建国した前漢は約200年続いた。 鼎の軽重を問うの鼎がこれ、父癸青銅鼎(フキセイドウテイ)、BCE771 年に滅亡した西周の陵から出土した。高さ30.5cm,口径26.5cm、戦にも携帯して魚肉を調理したのでしょうか。

Takenoko-1  Photo_20220419184401  今年も長岡京のF様から見事なタケノコ様がご到着。普段は眠っている直径35cmの巨大土鍋と寸胴で水から1時間、ゆっくり茹でて一晩そのまま冷まします。筍ご飯と焼筍の田楽味噌で賞味! 変異を続ける新型コロナウイルスも宿主を殺してしまえば元も子もなくなる…そう利己的ではないはずだから、どこかで人類と折り合いをつけて収まることを信じて…ゴールデンウイークは京見物で静かに過ごす予定です。

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新年ご挨拶 2022

皆さま  明けましておめでとうございます。昨年9月末の緊急事態宣言解除から、新型コロナ オミクロン株の席捲まで3か月の休息でした。皆様から今年もたくさんの年賀状を頂き感謝しております。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

Hana-hiiragi  Photo_20220106083401柊の白、南天の赤、年末の大原と初詣の北野天満宮で撮影しました。恒例だったホテル大宴会は、仕事柄 今年もご遠慮。我が家のおせちテーマは巻き○○ニシン昆布巻き、ゴボウと人参の矢幡巻、鯛の龍皮巻き、だし巻き卵。自慢の柔らかい黒豆は30年来のレシピ、さび釘の代わりに鉄卵(ナスのぬか漬け用)を代用。ガスの火力調節に誰かがつきっきり、28日から取り掛かって30日朝に出来上り。ソフトニシンができて楽になったニシン昆布巻きも半日がかり。31日に田作り、カズノコ、紅白なます、菊花かぶ、サケのヨーグルト味噌焼き、養老エビを仕上げて蒲鉾を飾り切りしてお重に詰めます。端っこをつまんだり、味見と称してポイ!頻度が最も高いのは田作り、昆布巻きのニシン、黒豆は固いんじゃない?甘いんじゃない?味見頻度も高い。えっローストビーフと花びら餅がない❓予算縮小で本年は取りやめ。シャンパンを張り込んでいますしね。

Photo_20220106075801   Photo_20220106075802  初詣は、露店.屋台でにぎわう北野の天神様へ。名物に旨いものあり、長五郎餅ご家庭用を求めて家族で一服。

 Photo_20220106075803 Photo_20220106075901Photo_20220106093101春着は、毛馬筋の江戸小紋、帯は名古屋の青海波。ちなみに昨年の顔見世(やはり行きました)  着物は、小倉淳史先生の付け下げでした。疾走する虎に振り回されるか?人類の英知を見せる寅年になるか❓本年もよろしくお付き合いの程を!

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筆と硯 第73回正倉院展

もう1カ月も前になったが、晩秋の奈良国立博物館で開催された第73回正倉院展(10月30日⁻11月15日)を観てきた。ちょうど緊急事態宣言が解除され、なぜか新型コロナ感染者は激減、お出かけ安心感が広がって近鉄奈良駅から博物館までの登大路はベビーカーの親子連れなど人出がぐっと増えていた。見上げれば紅葉、生垣には山茶花 季節はゆっくり廻っている。

 Kouyou 20211121_080350ヒトとかかわる仕事を持つということは、流れ弾ならぬ暗闇からの石つぶてが頬をかすめたり、想定外の困難が降りかかるのは承知していたはずなのに…晴れて機嫌のよい日ばかりが続くはずもないのに、いざ嵐に近い土砂降りに遭遇すると心が挫けそうだった。6週間過ぎた今、やっと前向き思考になり、困難を乗り越えることは自分を成長させるステップだと思えるようになった。中高年になっても成長は必要らしい。  下書きのまま放置していた正倉院展ブログに取り掛かる気力も出てきた。昨年同様、今年も日時指定の事前申し込み入場券で混雑はわずか。

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図録表紙を飾る螺鈿紫檀の阮咸(らでんしたんのげんかん)=丸い胴の弦楽器。拡大した槽の部分はとりわけ見事で、2羽のホンセイインコらしき鳥が旋回する様子がヤコウガイ、タイマイ等で華麗に装飾されている。会場内には阮咸の物悲しい音色がビヨーンビヨヨーンと響いて雰囲気を盛り上げる。    聖武天皇様(701⁻756]は、生母藤原宮子が彼を出産後に重度の心的障害を起こし、母の愛を知らずに成長された。即位後は地震.旱魃.天然痘大流行、長屋王 藤原広嗣の乱などが続き災難が度重なります。総て天皇の徳が足りないからにされてしまうご時世ですから、彷徨える天皇といわれるくらい遷都を繰り返して改善を試みるも全く効果なし。

Photo_20211216164401頼るは仏教のみ‼巨大な廬舎那仏を建立しておすがりしましょう‼  華やかに見えても聖武天皇さまの国庫はひどい財政難、東大寺を建てたり大仏様をおつくりする費用はどこからも出ない。ここに強力な助っ人現る‼ 民からの信望熱い僧 行基さま。彼が全国行脚して、大仏建立の意義を説き物資や人手を集めて回り、9年にわたる日本国あげての一大プロジェクトが始まります。行基さまは752年の大仏開眼を見ることなく没し、聖武様も東大寺と廬舎那仏を残して756年に崩じられます。

  Photo_20211111082801  Photo_20211214140701  天平の文房具セット、硯、墨、筆である。正倉院に唯一伝わる青斑石の 、硯をはめ込んだ六角形の床石と木製の床脚、多様な素材と技巧を凝らした古硯は世界でも例がないとか。漢字の風をイメージした硯は『風字硯』と呼ばれ、墨筆文化に寄せる天平人の熱い思いが感じられる。舟型墨は長さ22.2cm幅は約3cm、松脂を燃やした煤の松煙墨と煮溶かした膠を練り合わせ乾燥させた国産墨ですって…写経事業に使われた可能性大。

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筆管は竹、筆は長さ17㎝から21.6㎝、筆自体は中心に芯になる獣毛を立て、周りを紙で巻いてさらに数回にわたって毛と紙を交互に巻いて作られている。装飾性が高いこれらの筆は、有芯筆(巻筆,雀頭筆)と呼ばれる貴重な存在。様々な色に染めた未使用の紙100枚くらいを紙で包んだヒノキ製の軸木に巻いたもの、長さ28.5㎝×46.5㎝、五色紙と称された。

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写経所に勤務する下級役人の文書12通をつないで1巻にまとめたうちの2枚。薄ネズ色の文書は、麻柄麻多麻呂さんがコメの借用を申し出て、20日後には稲を刈って精米して必ずお返ししますと。ちょっと切ない文書です。  もう1枚は、川村福持さんが若桜部朝臣梶取(わかさくらべのあそんかじとり) さんを写経所の校生に採用していただけませんかというお願い。知人か親戚の坊ちゃんを少しでも収入のよいところにお世話してあげましょうは勘繰りでしょうか。雲上人には雲上人の、庶民には庶民の苦しみがある。でもいつの時代も庶民は逞しく生き抜くすべを知っていますね。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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八月や

八月や 六日九日 十五日  小森白芒子(はくぼうし)など詠人多数 。六日九日は広島,長崎に原爆が投下された日、十五日は終戦記念日である。幼いころ、夏休みに預けられていた伊予大洲の亡祖父母は、終戦記念日のことを私にずーっと語り継いで聞かせた。暑い暑い日でね、水も食料もなくて飢え喝いて沢山の兵隊さんが亡くなられたのよ…そのおかげで、自分らが生きてゆけるのよ。忘れてはいけない!!小森さんには  国破れ 日輪焦土を 灼きつけるもある。最近あまり見かけなくなった朝顔,紅と紫の2鉢でベランダが明るくなった。Photo_20210813084501      Photo_20210813084502   東京オリンピック2020が閉幕し、期間中 選手たちにたくさんの感動をいただいた。新型コロナのデルタ株、ラムダ株の脅威を一時そちらにおいて、競泳女子2冠の大橋 悠依選手や侍ジャパンの応援に熱中した。しかし新型コロナの変異の凄さよ、はっと夢から覚めれば東京,大阪,沖縄は言うに及ばず京都ですら370人❕ 間違いではないよね…という爆発ぶり。勿論,一般人はできるだけ外出しないよう、昨年に続き、故郷の墓参りすら控えております。(ワクチン接種済みでも安全とは言えず、自粛続きでコロナれ、飽きているのも事実) Photo_20210813092701 照りつける陽射しの下、セミ時雨を聞きながら夏の恒例行事 梅を干す。  炎天下の梅干しも今年が最後か…つぶやきを聞いた家族の一人、【それは困ります、あの赤梅酢がないと酢ハスができない、手伝います。】   エビラザルの梅を返したり、ホーロー容器の赤梅酢を煮沸したり、色々やってくれます。

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キュウリとみょうがの混ぜお稲荷さん。暮らしの手帳3回目の登場でテイクアウト用に今年初めて作ってみました。どこがお稲荷さん?   実は,お米3合に,チリメンジャコ50g、白ごま大さじ3杯、5㎜角に小さく切って煮含めた稲荷揚げ6枚が入っています。マグロには見えないか…みょうがは甘酢に前の日からつけて準備、キュウリ2本は、薄切りで海水くらいの塩水に5分で搾ります。途中 甘酢ミョウガを試食した1人が「すっぱーい、私のはみょうが載せないで!」実際仕上げてみると、ミョウガとキュウリのバランス抜群、美味しいと大好評。いつものあればかりでなく色々チャレンジしてみるものですね。家庭料理は材料を無駄にできないので、新メニュー開発には限界があります。3年ほど前、マーボーナスが人数分しかないのに、ピンポーン!急に食べ盛りが2人増えた。窮余の一策はたまたま冷蔵庫にあった木綿豆腐1丁を1.5㎝角に切って足し、マーボー茄子豆腐に化けさせた処、思いがけず美味❕。今ではマーボー茄子豆腐で初めから作っています。

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今日はお盆の13日、苧殻のお迎え火もなし、ご先祖様がお帰りになる16日の五山送り火も自宅から出ない方が良いとか。えっ私ですか、例年通り」仕事場でレポート書いたり考えたり…静かな夏休みです。

 

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胡蝶の夢

 感染力が強く重症化しやすい新型コロナ変異株の流行に歯止めがかからない。関西圏を中心に東京も加わった3回目の緊急事態宣言が4月25日ー5月11日で発出されて今日で5日、感染者数はむしろ増加している。庶民の日常は、不要不急の外出.外食を控え、自宅と職場の往復だけ…なんの楽しみもない?いえいえそれが結構あるんですよ。仕事場の玄関には,兜の屏風をバックに花はシャクヤク、布細工のこいのぼりを飾っている。
 Photo_20210429215701  Photo_20210429215401長岡京のF様から朝掘りタケノコが今年も届いて、家じゅう大喜び❣   我が家流筍のゆで方は、寸胴鍋にコメヌカひと掴み、丸のままの赤唐辛子2本、外皮2枚ほどはがして穂先は5センチ切り落とし、縦に一筋切れ目を入れて準備完了,水からゆっくり1時間位湯がいて一晩そのまま置いてあく抜きする。翌日きれいに皮をむいて根本は固いので5センチくらい輪切り、あとはタッパーに入る大きさに切り分け冷蔵庫で保存、毎日水替えが必要。私のお得意はタケノコご飯や筍とわかめの炊き合わせ、家人や若者たちは、チンジャオロースや薄きり筍とスモークトサーモンはさみ揚げなどを各種お試し中。

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先日久ぶりにタブレットで週刊朝日に目を通していたら,司馬遼太郎(1923⁻1996)の「胡蝶の夢」の副主人公,佐渡の伊之助を紹介していた。読みたい!四条大宮からブックファーストが消えて4か月、JR二条駅の書店まで4冊を求めにゆき,グータラな私が集中して4日間で読了した。幕末ー明治にかけて蘭方(オランダ医学)を学んだ松本良順が主人公、体系的に医学を学んだことがない良順たちが、長崎でオランダ軍医のポンぺに師事して基礎から医学を学び激動の幕末を生き抜く。佐渡の伊之助はサヴァン症候群を思わせる記憶の天才で特に語学に優れ、オランダ語中国語ドイツ語英語と貪るようにわがものにしてゆく。世間からどこかズレていて、松本良順を師と慕うほかは関 寛斎位しか彼を人間扱いしない。オランダ医学を学ぶには、オランダ語は必須、蘭方医の卵たちは死に物狂いで勉強しているのに、伊之助一人スズシイ顔であっという間にマスターし、発音も抜群。伊之助の異才が重宝もされ憎まれもする。伊之助も良順についてポンペに学び、一応医者…になる。39歳で喀血死した伊之助に作者の筆はどこまでも温かい。良順も伊之助もまだ知らない、ドイツ医学を体得した森鷗外たちの足音がそこまで迫っている事を…

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タイトルの「胡蝶の夢」は、戦国時代の中国の思想家荘子荘周  BCE369ーBCE286)からきている。ある日荘周 は、夢で胡蝶になり喜々として舞っていた。はっと目覚めればこれはしたり,蝶ではなく荘周ではないか…この私 荘周が夢で蝶だったのか、実は私は蝶であって、夢で荘周となっているのか…  荘周と胡蝶とには確かに、形の上では区別があるはずだ。しかし主体としての自分には変わりは無く、これが物の変化というものである。うーん、難しいこと抜き!でも「胡蝶の夢」は楽しめた。

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雨上がりのクレマチスや紫蘭も春を満喫しているよう。さて暗いゴールデンウイーク、5月4日はお仕事して時間を過ごしましょう。

 

                          









 

 

 

 

 

 

 

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敦盛(あつもり)

京の師走は歳末大掃除(?)に始まり、文字通り走るお坊様に来て頂いての先祖供養,そして女子のお楽しみ南座顔見世と続くのがお決まり。その後も大晦日まで何かと気忙しく、仕事を持つ私など立ち働いてのお正月が常であった。コロナ禍だし今年の顔見世は無理かも…諦めていたのに桟敷が取れて、嬉しさ100倍!今年も行ってきました、顔見世2020‼

  Photo_20201220151401     Photo_20201217161401  開演を告げるきのねが響き、一幕目の寿二人猩々(ことぶきににんしょうじょう)が始まった。Photo_20201220151402 舞台には唄い方.囃子方が黒の粋な三角巾マスクでずらりと並んでいるが、見事な適応ぶりで微塵の違和感もない。

Photo_20201220103501 Photo_20201217161402Photo_20201217161403 南座はかなりのコロナ対策,通常なら2人の桟敷も1人席にしたり、花道両横の3列はベルトが張られて観客を制限、 公演期間も2週間だけ、演目も二幕に絞って3部制をとり一部2時間程度、マスクを外しての飲食など論外。    観劇着物は、来年の干支ウシにちなんで紫と白の格子の牛首紬にクリスマス柄の名古屋帯です。

Photo_20201217162001幕目はノ谷嫩軍記(いちのたにふたばぐんき)熊谷陣屋 ご家族がコロナ罹患の仁左衛門休演で、錦之助が主役の熊谷直実(くまがいなおざね)を務めたが素晴らしい舞台だった。    1184年3月20日、源氏軍の総大将 源 義経が一の谷(現在の神戸市須磨付近)に陣取る平家軍に奇襲をかけ、平家は壊滅状態となった。   直実は源氏軍として平家軍の平 敦盛を討ち首級を上げる。笛の名手敦盛は、直実の子小次郎と同じ16歳(いざよい)。    お芝居では義経の御前で見せたのは小次郎の首だったという設定。義経の命に従って敦盛を助けて忠義恩義に報い、最愛のわが子を犠牲にした直実は、(小次郎との)16年は夢であったなとつぶやいて出家する。これに題材をとった幸若舞 敦盛は世の無常を悟って出家する直実の心情である。

 Photo_20201217161302 Photo_20201222150201

その一節「人間(じんかん)五十年下天のうちを比ぶれば夢幻の如くなりは、敦盛の死から約400年後の1582年6月、織田信長が火中の本能寺で最期を迎えた時にこれを舞いながら謡ったとの説がある。人間界の50年は下天の一昼夜とか 生きるための競争に揉まれ続けた団塊の世代(粗製乱造の世代)の人々は、信長の生涯を描いた津本陽さんの「下天は夢か」に共感し、信長の諦観に己の生き方を重ねた。 

Photo_20201220103503 Photo_20201220103502 Photo_20201220134601 12月17日初雪 屋根にも車にもうっすら積雪、つわぶきが花咲き山茶花も美しい。適応しながら生きるため、食欲全開、 今夜は昆布〆の鯛と湯豆腐でいかがでしょうか

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武器とくすり   第72回正倉院展

    晩秋の奈良国立博物館で第72回正倉院展)を堪能してきた。今回のテーマはクスリと武具.武器,4点の初出物も含めてゆっくり拝見できたのは、コロナ禍での混雑を避けるため、日時指定券を導入して入場制限していたため。
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正倉院展は行列がお好きらしく、正倉院展といえば何重にも並ぶ行列の思いがあるが、今年も指定時刻の30分前から小さな行列を作りました。関西でいうイラチの私は先頭でしたので、待つも楽しとスカイブルーの空を撮ったり係員に先導されてのお偉いさん気分も味わったり。   私のようなミーハー正倉院展ファンは、752年に東大寺の大仏が完成し、756年に華厳経に深く帰依された聖武天皇が崩御。その七七忌(四九日)に光明皇后が御遺愛の品々を東大寺に献納されたお陰で、シルクロードを通って遥々奈良まで運ばれたペルシャ絨毯や中国インドなどからの楽器、憧れの漆胡樽、種々の薬、武器武具等々を正倉院展で拝見できるくらいの知識でした。     

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今回は待ち時間中に図録をじっくり読み、これらの献納品は、生存中の聖武天皇ご自身が準備されていた可能性が高い、と目からウロコ。天皇様は、死後に十地(十聖)修業を積んで、最終的に廬舎那仏の世界である華蔵の宝刹に到達したいご希望があり、其の初地(修行の出発点)は、すべての争いをやめて、モノや人への執着を断ち、あまねく衆生を救済すべし…    光明皇后は,十地修業を歩み始めた故天皇の為にこの世から援護して、国家の珍宝やご愛用の品々、殺生のための武具や病に苦しむ衆生のために使ってほしいと薬物を献納さたという訳。 クスリ展示トップの五色龍歯は、重さ4.6㎏ インド産ナルハダ象の上顎第3臼歯ですって…他の薬物と併用で鎮静剤,収斂剤として使用するのですが、当時の人々には受けなかったらしく、ほとんど使用されず重量もそのまま残っている。
束ねた木の皮みたいなのは厚朴と右は厚朴を十三斤八両(約3㎏)を献納いたしましたの説明書。厚朴は中国南部のクルミ科の樹皮を丁寧に剥ぎ取り去痰剤,腹満解消に使用され、天平の人々の性に合ったのか献納時の半量に減少している。

Photo_20201117172301  Photo_20201117172304   Photo_20201117172401   Photo_20201119110001

矢を収納したバッグと鋭い矢の先端は迫力満点、藤原仲麻呂の乱(764年)で木工寮の縫衣大市(ぬいのおおいち)に貸し出され、乱平定後に返納されたもの。槍の穂先みたいなのは鉾-まっすぐ主軸刃が伸びるタイプ、右2点も鉾⁻主軸刃の下方に鉤状の支刃が伸びるタイプで,攻撃される方は凄く痛いだろうな刺突用の武器。

Photo_20201117174601 横たわる飾り刀 、金銅鈿荘太刀で全長74.9㎝、献納時は100口(カタナの数え方って)あった太刀も、764年の乱で大半が出蔵され現在は、数口のみとなっている。聖武天皇さまは趣味豊か、残された美術品!は息をのむ美しさ Photo_20201119115301  Bati 四弦の紫檀槽琵琶は、全長98.5㎝。赤地の撥受けには、襲い掛かるハヤブサと、攻撃をかわすべく、今まさに飛び立とうとする2羽の水鳥が描かれています。紫檀金泥絵琵琶撥(したんきんでいえびわばち)は20㎝、未使用のまま。           囲碁盤ー桑木木画碁局(くわきもくがのききょく)囲碁は古代中国で完成された遊戯ですが、ルールも変遷して来てこの盤面に既に現行の日本の形式が読み取れるらしい。平螺鈿背円鏡(へいらでんはいえんきょう)   約40㎝、螺鈿や琥珀で贅沢に装飾した銅鏡はもしかして遣唐使が持ち帰って高位の人物にプレゼントされ、やがて東大寺の宝庫に収まったのかも…

20201119_112947  Photo_20201117172404 Photo_20201120143101  

花せん(フェルト地の敷物)は245㎝×123㎝こんな複雑な模様どんな風に作られたんだろうとチラッとよぎりますけれど、いやー再現しようとは夢思いません。その再現プロセスが会場で放映されていましたが正にあなたの努力に頭が下がる、感謝あるのみ。

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古文書大好きわたしの収穫、あの鑑真さま(687-763 )の借用書、鑑真さま幾多の苦難を超えて754年2月に平城京入りされ、その翌月3月にこの華厳経他3種を貸してねとお勉強です。さーすーがしか言えません。日本の原点正倉院展はかくも素晴らしい!いかがです、あなたさまも❣

 

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通り抜ける空

 通り抜け できさうに 空澄んでをり 和田耕三郎 (1955-)

空へ行く 階段のなし 稲の花  田中裕明(1959-2004)

Photo_20200921170301 Photo_20200921170303        Photo_20200921170302 抜けるように高く青い空、秋ですね、朝夕はめっきり涼しくなりました。俳人和田耕三郎と田中裕明は重い病を得てもなお澄み切った心境で空をうたった。 彼らには、空への階段は近所の寺社の石段のように身近に感じられたのでしょう……百日紅、青い実をつけた柿、コロナ禍でも季節はゆっくり廻っています。   9月19日からの4連休?  私とは無関係、ほぼ毎日出勤して乳腺炎の患者様をcareし、この連休や月末に里帰りを終えてご自宅に戻られる母子たちの診療情報の準備をしました。私が所属する団体 桶谷式は全国で330か所の助産院があって、安心してリレーできます。スミマセン、ちょっと宣伝っポイ⁇  特に今回 送り出す何組かの母子たちは、新型コロナの影響で里帰り期間が長く、コロナのために孤独な出産をし、赤ちゃんがうまく飲めなかったり、重症乳房トラブルでかたーく暗い表情での初診でした。「赤ちゃんが何で泣いているのかわからないんです」とママも泣きそうだったあの頃。今では「そうなの、そうなの」と優しく語りかけ、てきぱきと赤ちゃんのお世話をし,授乳もやすやす、なんて素敵な母子、一回りも二回りも成長されましたね。ほんの少し関わった私ですが、「別れも楽し」と強がって送り出しましょう。

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毎日通る嵐電大宮駅のお月見しつらえ、観光客増加を喜びながら新型コロナ拡大の心配もしている。仲秋の名月は10月1日ですが、「花は盛りを月は隈なきをのみ見るものかは」と兼好法師もおっしゃてますよね。これは桜の花、春の月ですが 秋にも言えますね。 完璧な月よりも少し欠けた月もよいかと三条の花屋でススキを求めてスプレーで開花を遅らせる処置。公園で見かけた名残りの萩もいとおしい。    家族にいい加減に本棚の整理をしては‼と強制され、あれもこれも捨てられない世代なので断捨離?ブルブル私を捨てられそうと、拾い読みして結局1冊も処分はムリ無理ダメな私です。

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中でもこの「クシュラの奇跡」は大切な1冊、著者はニュージーランドの書店経営者ドロシーバトラー様、サブタイトルに140冊の絵本との日々とあります。1984年にのら社から出版され、時に触れ読み返す1冊です。ネットで簡単に読み捨てられる本全盛ですが、紙の手ざわり紙魚の跡古い世代は本の処分にどうしても踏み切れない。同様に井上靖さまの詩集も捨てられない1冊、この季節「漆胡樽の出だし  星と月以外何物をも持たぬ砂漠の夜、そこを大河のように移動してゆく民族の集団があった。……は私にとって形を変えた祇園精舎の鐘の声(平家物語)です。

Photo_20201001071501  助産院は毎日多忙、コロナとの共存時代にごく稀ですが、「うーん それありですか?」というような行動の患者様もおられますが、それなりに割り切ることにいたしましょう。

 

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初詣  2020

新年明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

京に住み暮らす者にとって、元旦の初詣なくしては一年が開けません。
例年北野の天神様でしたが、このシーズン受験生で混雑が半端でなく、今年は思い立って平安神宮に致しました。

  Img_0279   Photo_20200102200301  Photo_20200102200302午前9時前 全く混んでいなくて玉砂利境内もスイスイ進み、中ほどに記念写真屋さんが何か所かあるのを見つけ、すぐ近くで大きなカメラを据え付けているお二人にお頼みすることに。

「あのー写真お願いできますか」「ああ良いですよ」しかし待っても待ってもカメラのカバー外す気配なし…

「さあ そちらのカメラはどれですか」怪訝な顔の私たちに紺ジャンパーのカメラマン氏は身分証明を見せて「僕らテレビ局ですよ」。

エエッ初慌ての私のカメラをお渡しすると、カメラマン氏は近くも近く顔20㎝にまで近づいての大接写。(カメラ近すぎる―…)  でも出来上がりは御覧の通り修正不要のビューティ(そう思っているのは当人達だけ) 


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年々簡略化の我が家おせちは黒切溜の蓋に裏白を敷き、九谷小皿に手前右から時計回りに数の子,紅白なます、定番の簡単ローストビーフ、菊花かぶ、田作り、柔らかい黒豆、芋棒、中心は若新さんのだし巻き。

他にぶり照り焼き,かまぼこ、蓮根甘煮、金時人参、菜の花や白菜甘酢(ラーパーツアイ)など。好みで虎屋の花びら餅、椀は新阪急美濃吉でいただく白みそ雑煮と祝い鉢で美味この上なし。

元旦に美濃吉で豪華宴会をして、2日目からはチマチマと我が家おせちでのんびり…としたいのですが,中々多忙、パソコンにらんで波乱含みの年明けです。

わたくし学生だったはるか昔から10年ほど故村山リウさんの源氏物語講座に通っておりました。

年明けの講座はいつも万葉集巻八 巻頭の 志貴皇子 (しきのみこ)

石走る(いわばしる) 垂水(たるみ)の上の さわらびの 萌え出づる春に なりにけるかもで始まりました。

岩の上から落ちる滝の水量も増える春になったよ、ワラビも伸びてきているよ。爆発する春の喜びの歌ですねと…

そうそう村山さんはいつも江戸小紋の地味な着物でのお講義、さりげなく夫君高氏のご自慢も含めて魅力的な方でした。

私の着物好きは村山さんの影響も受けているかな。初詣は2代目上野為治(真)さんの亜麻色地に茶屋辻柄です。

 

 

 

 

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師走2019

 嵐電(らんでん)壬生川の信号を渡り終えた途端にカンカンと信号音が鳴り出し遮断機が静かに降りた。嵐電は路面を走ることも多く、四条大宮―嵐山間7.2キロはゆっくり24分かかる。所属団体のワークショップが12月8日無事終わってホッと一息。その2日前に厚労省から今年度の出生数が推定86万人、少子化に歯止めがかからないと発表された。

1Photo_20191212151701Photo_20191212153301   ワークショップは基調講演「政府の母子政策」に始まり近畿各都市の母子保健支援を調査発表してくれて、『安心して赤ちゃんを産み育てる」ために行政が工夫を凝らしているのがよく分かった。京都市はぐくみ局も妊娠中から18歳まで切れ目のない支援を用意している。ただし出産後の支援は、京都市に住む人だけに手厚くて、産後うつ等で問題が生じても里帰り出産では支援を受けられない。  他の市町村も同様の暗い現実…気分転換に四条大宮を一筋下がった綾小路通、新選組ゆかりの光縁寺に冬空に咲く皇帝ダリア(木立ダリア)を見に行った。皇帝ダリアはメキシコなど中南米原産で高さ5メートル以上になり、晩秋から初冬を咲きとおす。生垣にはピラカンサの赤い実が彩を添える。

Photo_20191212162501  Img_20191106_0013  Photo_20191212135602    1_20191212161801Photo_20191214072401

目いっぱい仕事をして夜遅くまでプレゼン用のパソコン生活は余りにも侘しい。というわけで11月9日10日東京でお勉強、恒例の奈良正倉院展にも行ったがあまりの人波に疲れて帰ってきただけ…着物は旅行にラクラク灰水色地大島、帯は紅葉を織り出した名古屋です。 Photo_20191213165901  KannkokugahannPhoto_20191216160901更にさらに時間がナーイとぼやきながら韓国釜山にまでちょっとお遊びに。そこで頂いた韓国の家庭料理の美味.安価に感激!!赤唐辛子や強いニンニク臭が苦手のわたしですが、優しい野菜の付け合わせ,野菜の切れ端まで使って上等のお味、グータラシュフは反省しきり…家族はオールメンタイ(タラなんですね)を注文して目を白黒、厚焼き玉子まで明太子入り❕  もうすぐクリスマス!ツリーリース色々です。

Akaikurisumasu_20191213165901  Dsc_1402  Dsc_1393 Dsc_1390

 

 

 

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