文化・芸術

桜の六孫王神社

四月初めの土曜は雨だった。 大宮通寺内上ルの鵜飼商店で、珍しいワインと日本酒を求め、家族と四条大橋西詰の東華菜館に入る。2階の東側から見下ろすと、四条大橋はビニール傘から旅行者の色とりどりの傘傘傘でなかなかの風情。

120260404_170905 20260404Photo_20260411140701ここのエレベーターは100年の歴史があり、よく手入れされている、半世紀以上前の学生時代に、主の祈り(どうぞ無事に5階まで行きますように)と呼んで怖がっていたドイツのものと同じ。待つほどもなく前菜が運ばれ、生ビールでカンパーイ!前菜もビールも美味です。ウエイトレスも国際色豊か、気楽ですがサービス満点、気になったのは、同室の他テーブルとの間に衝立がなかったことだけ。

 Photo_20260411140601 20260404_172508_20260411140801   Odanngo Photo_20260413065601エビとホタテ、フカヒレスープ、餡入り揚げ餅、デザートの杏仁豆腐も本場の味。満足満腹で帰途のタクシーの運転手さんが『八条口近くの六孫王神社さんの桜はもう見られましたか?京都の隠れた桜の名所で 、清和天皇さんの六番目のお孫さんやから六孫王さんいわはります」と情報を下さった。

20260405_070651      20260405_070247善は急げ?早速、日曜日早朝からお出かけ。この神社 清和源氏の祖とされる源経基さまをお祀りしている。 新幹線八条口からも近くて駐車場も多く、24時間いつでもどうぞ。

Photo_20260412112402 Photo_20260412112401    Photo_20260412112501   鯉の泳ぐ池には王朝風の架け橋、ここは恋愛の神様でもあるとか。境内の桜は誠に見事ソメイヨシノにほんのすこし青葉が混じって優雅でした。

      Photo_20260412112503今週は伏見のお稲荷さん詣で、スーパーで求めた春キャベツ巻にしましょう。お稲荷さんの近くで見つけた白い浪速茨、清楚で可憐でした。

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紅梅白梅

厚労省が2月26日に発表した人口動態統計の速報値で、2025年の出生数(外国人も含む)は70万5809人であった。2024年に前年度出生数75万8631人、過去最少となって「少子化を考える」をこのブログにあげた。

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2年前のその記事では、厚労省は出生数が70万人を割るのは2035年とみていたとある。この10年、少子化の加速は止まらず打つ手なし?途方に暮れている感がある。私たち助産師には、何ができる?

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コンクリート壁の傍ら、雑草状の草は、韋応物(736-791)の五言古詩「幽居」の知らず春草の生ずるをにかけた。

 出門皆有営   門をいずれば皆 営むあり   

     獨無外物牽   独り外物の牽くなくして

 遂此幽居情   この幽居の情を遂ぐ                           

    微雨夜来過   微雨 夜来過ぐ

不知春草生   知らず春草の生ずるを  

後6行ありますがここでカット。韋応物は楊貴妃で知られた玄宗に仕え,州の勅使などを長く務めた。彼は市井喧噪の中に住みながら、心中では 心は隠者の願いがあった。

Photo_20260227124901   Photo_20260228161901 Photo_20260227124902 これから子供をと考える方たちも、妊娠中から産後まで、何もかも完備されていてお支払い不要です、至れり尽くせりを期待しているわけではない。もう一歩を踏み出せないその気持ち、 あなたのそばには助産師がいますからいつでも声をかけてください。 パートナーと協力してもよし、シングルでやってみるもよし、子育ては楽しいことばかりではないけれど、やりがいがあります。その一歩を踏み出してみませんか

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仏事のため、大阪南港を夜10時に出航して、愛媛の東予港に朝6時到着のオレンジフェリーに乗船した。東予で降りて、車で高速を走り、時々山道を走っていると山桜が咲いていたりする。

午前中に無事、仏事を終えてまた高速に乗り、 休憩したりお土産を求めたりして、善通寺市に入る。前も来たことがあるのに

金比羅さんのことばかり書いて、弘法大師様のことをすっぽり抜かしておりました。「心暗きとき、すなわち遭うところことごとく禍なり」の名言で知られる空海様(=弘法大師)(774-835)出生の地として、善通寺は有名。

宿泊した紅梅亭は行き届いたおもてなし、温泉もよいが、お食事も素晴らしい。フォアグラ味噌チーズ茶碗蒸ってj初めてのお味、絶品でした。

 

 

 

 

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師走 2025

京の師走のお決まりはまず先祖供養、お寺様に有難いお経をあげていただく。我が家これはマル。昔は,町内一斉に畳をあげての歳末 大掃除もあったが、最近はトンと聞かない。又15日までに錦でおせち用の棒タラや、ごまめ、数の子、昆布巻き用の干シニン、丹波産黒豆を確保したのも10年以上前のこと。食品の専門店は錦に まだあるが、生き残りをかけて大変換中、私どもはデパートの地下で、年越し準備をしている。

2025_20251207165501  Photo_20251207165601ほどほどの忙しさの助産師業なので、忙中閑あり 息抜きは南座顔見世で決まり、今年は八代尾上菊五郎と六代目尾上菊之助襲名とあって前評判も高い。チケットは9月からお願いして準備万端整えました。

     Photo_20251208144401

観劇の前に花傳さんで昼食,箱盛はゆず風味天盛イクラ、栗 銀杏等とお刺身、次にむかご饅頭これは初めていただくお味。

天ぷらの次は、朴葉焼 牛肉からペゴロス玉ねぎまで美味でした。

Photo_20251207165703今年は薄紫の小倉淳史作の付け下げ、濃紫のたつむらの帯を合わせております。いよいよ開幕、「寿 曽我の対面」鎌倉時代の話で、弟 :曾我五郎時致(愛之助)、兄 :曽我十郎祐成(孝太郎  )が実父の仇の工藤左衛門祐経(梅玉 )を討つ話。エッ血なまぐさい話がなんで おめでたいと恒例顔見世や正月上演に??  それは工藤が源 頼朝に気に入られ、出世街道まっしぐら、自分の屋敷に梶原景時、景高父子など諸大名を招き、傾城の大磯の虎など美女軍もそろっておめでたい言葉で寿ほぐことや、祐経 様 兄弟の父を討った時の様子を 色々語って,打たれる覚悟を決めたこと。兄弟に富士の裾野の巻狩りの通行手形を与えてめでたしめでたしとなります。

口上は仁左衛門に始まり十三人うち揃い、勿論 今回襲名の菊五郎も菊之助も思いを述べました。

菊五郎の弁天小僧もきれいで楽しく拝見。中入りの楽屋Photo_20251208145101 弁当は勿論「ちもと」、一品づつ仕上げた野菜はシュフのあこがれ。良い一日でした。

長くICUで気管内挿管、ドレーン各種で麻酔下にあった身内は、11月末 他界致しました。病苦から解き放されて 、今頃は荒れ狂う冬の海を易々 越えていることでしょう。安らかな眠りであれと願っております。

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変らない為に変り続ける

  暑中お見舞い申し上げます。 大暑の昨日も頭上のニイニイゼミ大合唱を聞き、お寺の屋根から大輪のひまわりが顔をのぞかせているのに驚き、足元のホウセンカにも目を止める。蝉は地上7日間で子孫を残せるか、ニイニイ蝉の次はミンミンが鳴き、関西ではクマ蝉の前に油蝉もありますね。

Photo_20250723130102 Photo_20250723130101庶民は『暑いですねー」と言いながら、結構毎日を楽しんでおります。本業は何とか意欲を失わない程度に忙しく、家事はまあぼつぼつ‥京都では夏の代表的おかず、ニシンナスは少し進歩して60点くらい、今年初めてチャレンジした牛肉の時雨煮はまだ55点位か。

Photo_20250721133802Photo_20250721133801タイトルの『変らない為に変り続ける』は禅問答みたいですが、出典は意外に浅く、松尾芭蕉様(1644‐1694)の「不易流行」です。芭蕉様は「奥の細道」を旅して俳句の概念として『不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず』と述べた。不易ーいつまでも変らない本質と、流行ー新しく変化してゆくものを取り入れる事の両方が必要だという意らしい。 私が「変らないために変わり続ける」を初めて知ったのは、福岡伸一ハカセのアメリカ留学記だった。福岡ハカセの「動的平行」の生命現象も著名ですが今回これはスルーで。

  Photo_20250722193301  Photo_20250722195301   千年の古都 京都の祇園祭は、7月1日の切符入りに始まって31日の疫神社夏越祭まで1か月のロングラン、7月17日の山鉾巡行はその華。今年は降りしきる雨をものともせず、私も巡行をまじかに観る幸運に恵まれた。籤とらずの長刀鉾に始まり、23番の船鉾まで籤改めの見せ場他では観客が沸いた。用意されたベンチに座って頭から雨除けのレインコートを被り、目の前を山が鉾が通るのを観る臨場感は、何とも言えない。長刀のお稚児さんは美しくて立派,禿二人も息ぴったり。この祇園祭の始まりは平安時代の貞観11(869)年、 その数年前に富士山大爆発やこの年の東北地方の大地震→疫病大流行まで災厄が襲う。たまりかねた朝廷は牛頭大王の祟りを鎮めようと、当時の日本国の国数66本の幡を神泉苑に立てたのが始まり。千年以上も続く祇園祭は伝統だけに縛られず、コロナ時の2年中止や本能寺の変の11月開催もありで 、形式を変え、人も物も変りながら新しく見送りを新調し、山や鉾が増えたり休んだり変化し続けている。

Photo_20250723142003Photo_20250723142002Photo_20250723141502 こちらは菊水鉾、7月13日から16日のお茶会には、たくさんの方が気軽にお薄をいただいている。

 20250713_134401 20250713_134905 Photo_20250727102601 絽の夏大島に波霞の夏帯、小千谷の長襦袢で汗もなし、と強がっております。26日(土)はZOOMで助産師会の安全研修が2時間余開催された。この時期3日3晩の梅干しをしているので、夕立を気にしながらお勉強、作り置きのラタトゥユに最近出回るようになった国産牛タンと、味噌漬けのタラを焼いて、からし豆腐、到来物のかぼちゃの漬物、ビールを炭酸割という献立です。

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姪孫(てっそん)君が来た

待ちに待った姪孫(てっそん)君は予定日を10日過ぎて、5月末に3000g超で無事誕生しました!  いやぁ、待つも楽しというよりは〈どうぞ母子とも無事でありますように、五体満足なら何の不服も申しません〉大丈夫だよねとハラハラドキドキでした。可愛い大物君を姪孫と呼び、彼から見ると私は大伯母になるとは今回初めて知った。急激な少子化で落ち込む中に、彼の誕生は周囲を明るくするニュース、その後もどんどん成長しているので会える日を楽しみにしている。   

Photo_20250612080901今年の京都の梅雨入りは6月9日、梅雨はシトシトジメジメで琵琶が実り、アジサイやホタルブクロが似合うイメージですが、今年の梅雨は大暴れ、翌日には滝のような豪雨で賀茂川や桂川の水位はグッと上昇していた。この季節は週末ごとに所属団体の総会が2つ、そして小梅のカリカリ漬に始まり、調理用の梅酢(3か月後に漬け終わった梅の実も美味しい)、赤しそジュー梅ジュース。梅干しと梅仕事が待っている。

Photo_20250616130201 Photo_20250617171601 KoumePhoto_20250612194202梅雨の干ぬ間というより梅雨明けのような先日、嵐山の森嘉へ。桂川の水位も低く、渡月橋は珍しく観光客も少ない。紫式部様ご縁の嵯峨釈迦堂のすぐ近くにある森嘉の嵯峨豆腐は勿論、お気に入りは厚揚げとひろうす、軽く焼いて大根おろしや新生姜でいただくのも良し、薄味で煮るもよし、家族中大絶賛です。

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家族の一人が6月に誕生日を迎えるを口実に、今回も新阪急ホテルの美濃吉さんへ。

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プロが心を尽くし技を尽くした料理の数々、口福の極みでした。会議用の私の装いは、一本どっこと愛唱されている小千谷の単衣紬、帯は白地の夏の花です。

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瑠璃の魚形 2024正倉院展

行って来ました 第76回正倉院展(10月26日~11月11日)。チケットはとったものの無事に正倉院展にゆけるかハラハラドキドキ、家族の一人が深刻な病気で手術を控えていたのです。お陰様で手術は無事成功してご当人も元気いっぱいになりました、有り難いことです。   近鉄奈良駅からこの登大路を歩くのも1年ぶり、さすが奈良⁉  国立博物館までの道も公園も鹿、鹿、シカだらけ途中で、6月か7月に生まれたばかりのバンビちゃんが母に甘えて哺乳しているところをパチリ。

2_20241104072101 Photo_20241104072001  チケットは事前予約の日時指定ですが、行列を作って並んでいる人々を見たとき嫌な予感が‥‥それは杞憂で、15分でスムースに入れました。博物館に入場するとすぐに3枚の幡があり、その右側で音声ガイドをレンタルして装着します。正倉院には約9000点の宝物が保存されていて,今年の出展は57点。  

Photo_20241103132901  Ura 2階の東新館に上がると、すぐ右手に新羅の琴(しらぎのこと)附 琴柱(つけたりことじ)があった。新羅琴は十二絃の楽器で羊耳型の緒止(絃をつないだ緒)で固定している。今回の新しい試みとして、新羅琴の裏面はこうなっておりますと公開され、後の伎楽面にもそれは適用されている。聖武天皇 (701⁻756)の時代は社会的不安が強く、地震.日食.長屋王の乱.天然痘の大流行まで! 何もかも天皇の徳がないからだと民衆は冷たい視線を浴びせます。 743年 聖武天皇は紫香楽宮で大仏造立の詔を発します。詔は出ても資金のめどは立たない…無いない尽くしの事業に強いお助け人、圧倒的民衆の支持を集めていた僧行基(668-749)登場、彼を総責任者に東大寺大仏建立はスタートしました。行基様この時83歳ですが、なぜ大仏が必要かを解りやすく民衆に説明し、微力でもと資金を集め、元論豪族からはドーンと寄付をいただきます。実行力抜群の彼は大仏完成の3年前にもう安心と他界します。    大仏は752年に完成。聖武天皇はその4年後に世を去られ、光明皇后が天皇遺愛の品々を大仏に献納されて、正倉院宝物が誕生した訳。

Photo_20241104074401  Photo_20241108121701  Photo_20241108121702 黄金瑠璃鈿背十二稜鏡 おうごんるりでんはいのじゅうにりょうきょう)=七宝細工の鏡長径18,5,短径17,3㎝ この鏡は世界にたった1枚しか残っていない貴重品 鏡胎を銀で鏡背を銀の七宝秞(ガラス)、唐時代に流行した想像上の植物 宝相華模様ですって。    緑地彩絵箱(みどりじさいえはこ)は、縦38,5㎝.横35,2㎝、高さは14,2㎝、御仏への捧げものを入れた箱と考えられています。

Photo_20241104122001Photo_20241104074402   花氈(花模様のフェルトの敷物)は232㎝×121㎝紫地鳳形錦御(むらさきじおおとりにしきおんしょく=錦張りの肘置き)は長さ79cm.巾25cm.高さは20cm これに肘を置くとお疲れも癒される?

4_20241031080201 3_20241031080201   2_20241031080201  Photo_20241031080201 

の4個の愛らしい瑠璃魚形(るりうおがた )=(ガラス) 順番に深碧瑠璃魚形.碧瑠璃魚形.浅緑瑠璃魚形.黄瑠璃魚形と命名され、お役人様達が紐を通して腰から下げ、おしゃれアクセとして楽しんだのでしょう。  

Photo_20241108145501 Photo_20241108145101 紫檀金銀絵書几(したんきんぎんえのしょき)は、巻物を広げるための台、右のように経架として用いられたのではないかと想定されている。有難いお経を聞いた後は、お楽しみの伎楽が待っている。

20241031_134429_2024110417460120241104_174723伎楽面 酔胡王の表と裏面、胡人とは西域の異国人のこと、酔胡王と酔胡従が、酒宴の後で酔っぱらった格好を演じて大人から子供までを楽しませたのでしょう。

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正倉院古文書正集から阿拝常麻呂解は、735年8月28日に平城京左京に住む常麻呂さん宅に泥棒が入り、役人の正装である朝服など12着が盗まれた。左京職はこの盗難届に申し送りの文言を書き添え、左京の公営市場を管轄する東市司に転送している。盗難品が市場で取引されるのを防ぐためですって。白っぽいのは左教職解です。摂津職解には、現在の大阪府北西部と兵庫県南東部の行政を管轄した摂津職印⁻公印が押されていた。1280年前の常麻呂さんの盗難届、左京職のお仕事ぶり、庶民の喜怒哀楽が生き生きと伝わってきます。

 

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さらば夏の光よ

 今年の夏ほど猛暑、酷暑があるだろうか? 毎年そう言いながら過ごしてきた京の夏。長野の友人から頂いたスイカを、「美味この上なし」と毎日食して暑さを凌ぐ。我が家の夏の定番のニシンナスや焼きナスも、手間はかけるがお金はかけないのフツーの暮らし。

Photo_20240822073901      Photo_20240821192202     Photo_20240821192201    それでも16日の五山送り火が過ぎると秋の気配、あれほど賑やかに夏をうたった樹上の蝉声が消え、通り抜ける風も涼しい……
 8月8日気象庁が発した南海トラフ地震臨時情報のせいばかりではないが、15日に解除されるまで地震は来るのか??いや多分来ないよ…避難はどこへ? 軽くおびえながら仕事に励む毎日でした。 その埋め合わせに、ドーンと張り込んで高島屋7階の万葉軒スタイルへ。

  Photo_20240822081901    Photo_20240822083201 20240814_171258  

我が家は万葉軒の定食が2000円だった頃から親戚の子供たちと一緒に来ていて、ずらっと並んだナイフとフォークも慣れっこ。どれから使うか不明の時はスタッフに聞きます。ここのスタッフは控えめかつ親切ですよ。

Mannyoukenn1_2024082211110120240814_172138020240814_173404

前菜に始まって、タイとエビの魚介、スープも美味しい。林立するグラス群はお水迄入れてこれが一人分❓ビールは1本しか飲めずですが、久々の会食に家族の顔は明るい。

20240814_175934Photo_20240821200502ステーキにはご飯とパンの選択もできる、エッ私ですか日本人の主食を選びました。デザートまでいただいて満足満足。帰宅して窓を開け、夜空を見上げた一人が「夏も終わりだね」とつぶやく。  この季節、シャルル.ボードレール(1821‐1867)「惡の華」の秋の歌の冒頭 堀口大学が訳した「われら やがて 冷たき闇に沈みいらん おお、 さらば さようなら  短きにすぎにし われらが夏の 生気ある輝きよ」 を思うと感傷的になっていた。冷たき闇は人生の墓場だと……   所がところが、アンドレ.ジッド(1869‐1951)の「狭き門」に主人公のジェロームがジュリエットに「アリサと何を話していたの?」と聞かれる場面がある。  ジュリエットはジェロームを愛し、ジェロームはアリサを 深く愛している。「ボードレールの詩だったかな…やがて僕らはつめたい闇に沈むだろう」ジュリエットはそれに続けて「さらば 激しい夏の光よ はかないわれらの夏」と詠う。狭き門は1909年出版だから、ボードレールの死後40年たっても若者たちは、彼の詩を歌い続けていたのだ。ふーん、感傷的な堀口大学様の訳詞と違って、さっぱりとうたった安藤元雄の訳も良いし、訳者不明「「やがて 冷たい暗い季節がやってくる 短かった夏の光よ さらば」は青春の終わりをつげる歌と取れて面白い。

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新年ご挨拶2024

 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

Photo_20240106080001辰年は荒れる!天変地異.気候変動.政治経済云々。来てしまいました!元旦の16時10分 能登半島地震❕ 1週間経過しても まだ全容が解明せず余震も多い。地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災された皆さまにお見舞申し上げます。 同時に地震を免れてせっかく助かった命なのに、避難所では清潔とは言えない環境、冷たい食事等々でつらい日々を過ごしておられます。

29年前の阪神淡路大震災、さらにな東日本大震災、熊本地震と日本は地震大国!この経験は生かされていないのか?ただニュースで見ると、安否確認で関西の消防隊の皆様のご活躍が伝えられ、幾分安堵している。どうぞ環境が改善されますように、温かい食事とベッドの確保を!!   今後の生活再建は、政府、自治体は勿論のこと、私たち個人も貧者の一灯を出し合いましょうよ。

 Photo_20240107095401 20240101_100507_2024010617560120240101_101910  7時間後に地震が来るとも知らず、元旦は小雨の中 北野天満宮へ初詣。境内は押すな押すなの大渋滞、訪問着に正倉院の龍鏡の袋帯のいでたち、右手にはカメラマンのコートも持っております。

 自家製おせちは、金箔をかけた黒豆、ヒラメの昆布〆、栗きんとん、だし巻、紅白なます、エビの艶煮、そうそうつまみ食いNO1の田作りとニシン昆布巻き、数の子まで。花びら餅は聚洸、寒紅梅、雪輪、松重ねの和菓子は嘯月製で双方 我が家に初登場。

Photo_20240105155602Photo_20240105155605Photo_20240107100401 ご馳走は、新阪急ホテル美濃吉のお料理、見て良し味わって良し、椀の中身は皆様憧れ京の白みそ雑煮、丸餅にエビと京ニンジン小松菜が入っております。途中 新型コロナで何年か抜けましたが、ここ20年来の正月の集まりは美濃吉です。

Photo_20240105155606 Photo_20240107100402ウナギご飯とお吸い物で〆てお薄と和菓子で大満足、ブリと丸大根炊、主婦の羨望の的、どうしたらこの薄味でこの美味美味美味になるのか…辰年は変化の年でもある! ご一緒に少子高齢化を考えながら、今年を乗り切りましょう。





 

 

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水にはじまる

  11月12日の日曜日、姪が大阪の中央公会堂でめでたく結婚式を挙げた。京都から京阪で淀屋橋下車、北の堂島川を見ながら大阪市役所を右折、南の土佐堀川沿いに国の重要文化財の中央公会堂に到着。滔々と流れる2本の川の間の中之島、水の都大阪の文化と芸術のシンボルである。

Photo_20231121135501  20231112_124608Photo_20231120150301花嫁をエスコートして入場した父(私の弟)は、緊張でカチカチのロボット歩行。人前(ジンゼン)結婚式で、証書にサインする花婿.にこやかに立つ花嫁。人前結婚は最近のスタイルで、出席者が証人らしい。両家のご両親と花嫁花婿、式が終わって皆さま、ほっとしたお顔です。

Photo_20231120172101Photo_20231121134201  Photo_20231121155501この大正ルネサンス方式の外観,内部のステンドグラス、披露宴会場のシャンデリア、圧巻❕豪華です。お決まりの来賓祝辞、乾杯の音頭と続いてホテルから運ばれたコース料理に舌鼓、公会堂内は火気厳禁なのでサービス係の工夫がスゴイ、美味しい料理です。

17001954802583_20231121134701 Photo_20231120150201凝りに凝った宴の企画.展開、見事な料理にまんぷく満足していたら、突然のご指名で親類3名がお色直しに退席する花嫁をエスコートすることに。私達はマゴマゴもたもた、勿論、一番落ち着いていたのは笑顔絶やさずの美しい花嫁です。いやー、良い結婚式でした。           10月下旬に小学校の同窓会で行った難波の道頓堀川と言い、この中之島と言い誠に大阪は水の都、人出も凄くて繁盛している象徴。とっぷりとくれた京阪四条に戻って四条大橋から見る賀茂川も良いですね。

Photo_20231122162401Photo_20231122162501Photo_20231123083001 行って来ました第75回正倉院展!  図録の表紙を飾るのは楓蘇芳染螺鈿槽琵琶(かえですおうぞめらでんのそうのびわ)、国家珍宝帳第一番記載の九条刺納樹皮色袈裟(くじょうしのうじゅひしょくのけさ)。幅253×縦147cm、法衣の上から左肩を前後に覆って使用されたのでしょうか  細かい模様がいっぱいの絹は、御袈裟幞袷(おんけさつつみのあわせ)袈裟九領を大切に包んだ風呂敷ですね。東大寺の大仏開眼会は752年4月、聖武様は4年後の756年5月に56歳で崩御され、その四十九日に光明皇后が遺愛の品々を大仏に捧げたのが正倉院御物の初めです。①大仏開眼会に関わる品々 ②聖武様遺愛品 ③薬物 ④東大寺運営にかかわる品々 大好きな古文書はここです。
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KosekiPhoto_20231121161602ひげがあるのにちょっとベソをかいた男性,麻布に墨書きした素朴な布作面、中倉に29枚、南倉に3枚(女性は1枚他は男性面).楽舞で使用されたかな。古文書は、正倉院古文書正集第20巻―下総国葛飾郡大嶋郷戸籍(下総の国の住民名簿),今の東京都葛飾区と江戸川区付近に居住していた人々のもので721年‐722年のもの。最後は平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう) 径39.3cmの銅鏡の裏はヤコウガイ,琥珀、トルコ石で飾られた絢爛豪華なお品。

Photo_20231121162101 なんだか多忙な10月11月だったなーとベランダに出れば、隣家の柿が熟してここだけは短い秋でした。

 

    

 

  

 

 

 

 

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さらば昴よ

  10月中旬、見上げると金木犀が咲き、咲く一方から地面に落ちて金色地帯を作っている。休日の早朝、伏見のお稲荷さん詣での帰りに四条大橋から北を望んだ景色,穏やかな賀茂川と北山が望める。

Photo_20231018123501 Photo_20231022153101歌手の谷村新司さんが10月8日に亡くなられた。74歳、まさに団塊の世代のスターだった。団塊世代は.少子化の今とは較べようもない競争社会、卒業するや否や人出不足の社会に放り込まれ、安いサラリーで夜遅くまで残業続き…泣きべそをかいても助けてくれる人はいない。1㎝でも他人を超えよ!だった。谷村さんのは1981年に世に出て、目を閉じて何も見えず…歌詞もメロディも疲れ切った同世代だけでなく、若い世代にも支持されて大ヒットになった。

1_20231020152601 Photo_20231017141501Imurasinnzibannnennおうし座の昴は、ギリシア神話の巨人アトラスと妖精プレイオネの間に生まれたプレアディス7人姉妹を指しているとか…6から7個の青白い星の集団を、清少納言さんも「枕草子」の中できっぱり星は昴と断じておられますし、まだ春浅いころのおうし座を見れば、昴はすぐにわかる。谷村新司さんは、生涯を通じて安定を好まずもっと違う何かを求め続けた。さらば,昴よ、谷村さんの眠りが安らかであるよう見守って下さいね。

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10月が誕生日の私を祝うという名目でのお食事会、小さなケーキが嬉しく、フグ提灯顔でローソクを消すのも楽しい。料亭差し入れの美味なお赤飯.タイのお頭煮はテークアウト用にとお願いする。着物は小倉淳史さんの紅紫付け下げ、帯は北村武史作の桃源花紋です。

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柿の釜は自家製、さて蓋はなり口か頭かで意見が分かれ、両方作ってみました。いつも混ぜ寿司の具を冷凍しているので、ちょっと解凍して豆腐との白あえに使っています。読書の秋深し…宮城谷昌光作の孔丘上下、巧言令色少なし仁の孔子様、放浪の生涯を描いています。

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