文化・芸術

新年ご挨拶2024

 明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い申し上げます。

Photo_20240106080001辰年は荒れる!天変地異.気候変動.政治経済云々。来てしまいました!元旦の16時10分 能登半島地震❕ 1週間経過しても まだ全容が解明せず余震も多い。地震で亡くなられた方々のご冥福をお祈りし、被災された皆さまにお見舞申し上げます。 同時に地震を免れてせっかく助かった命なのに、避難所では清潔とは言えない環境、冷たい食事等々でつらい日々を過ごしておられます。

29年前の阪神淡路大震災、さらにな東日本大震災、熊本地震と日本は地震大国!この経験は生かされていないのか?ただニュースで見ると、安否確認で関西の消防隊の皆様のご活躍が伝えられ、幾分安堵している。どうぞ環境が改善されますように、温かい食事とベッドの確保を!!   今後の生活再建は、政府、自治体は勿論のこと、私たち個人も貧者の一灯を出し合いましょうよ。

 Photo_20240107095401 20240101_100507_2024010617560120240101_101910  7時間後に地震が来るとも知らず、元旦は小雨の中 北野天満宮へ初詣。境内は押すな押すなの大渋滞、訪問着に正倉院の龍鏡の袋帯のいでたち、右手にはカメラマンのコートも持っております。

 自家製おせちは、金箔をかけた黒豆、ヒラメの昆布〆、栗きんとん、だし巻、紅白なます、エビの艶煮、そうそうつまみ食いNO1の田作りとニシン昆布巻き、数の子まで。花びら餅は聚洸、寒紅梅、雪輪、松重ねの和菓子は嘯月製で双方 我が家に初登場。

Photo_20240105155602Photo_20240105155605Photo_20240107100401 ご馳走は、新阪急ホテル美濃吉のお料理、見て良し味わって良し、椀の中身は皆様憧れ京の白みそ雑煮、丸餅にエビと京ニンジン小松菜が入っております。途中 新型コロナで何年か抜けましたが、ここ20年来の正月の集まりは美濃吉です。

Photo_20240105155606 Photo_20240107100402ウナギご飯とお吸い物で〆てお薄と和菓子で大満足、ブリと丸大根炊、主婦の羨望の的、どうしたらこの薄味でこの美味美味美味になるのか…辰年は変化の年でもある! ご一緒に少子高齢化を考えながら、今年を乗り切りましょう。





 

 

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水にはじまる

  11月12日の日曜日、姪が大阪の中央公会堂でめでたく結婚式を挙げた。京都から京阪で淀屋橋下車、北の堂島川を見ながら大阪市役所を右折、南の土佐堀川沿いに国の重要文化財の中央公会堂に到着。滔々と流れる2本の川の間の中之島、水の都大阪の文化と芸術のシンボルである。

Photo_20231121135501  20231112_124608Photo_20231120150301花嫁をエスコートして入場した父(私の弟)は、緊張でカチカチのロボット歩行。人前(ジンゼン)結婚式で、証書にサインする花婿.にこやかに立つ花嫁。人前結婚は最近のスタイルで、出席者が証人らしい。両家のご両親と花嫁花婿、式が終わって皆さま、ほっとしたお顔です。

Photo_20231120172101Photo_20231121134201  Photo_20231121155501この大正ルネサンス方式の外観,内部のステンドグラス、披露宴会場のシャンデリア、圧巻❕豪華です。お決まりの来賓祝辞、乾杯の音頭と続いてホテルから運ばれたコース料理に舌鼓、公会堂内は火気厳禁なのでサービス係の工夫がスゴイ、美味しい料理です。

17001954802583_20231121134701 Photo_20231120150201凝りに凝った宴の企画.展開、見事な料理にまんぷく満足していたら、突然のご指名で親類3名がお色直しに退席する花嫁をエスコートすることに。私達はマゴマゴもたもた、勿論、一番落ち着いていたのは笑顔絶やさずの美しい花嫁です。いやー、良い結婚式でした。           10月下旬に小学校の同窓会で行った難波の道頓堀川と言い、この中之島と言い誠に大阪は水の都、人出も凄くて繁盛している象徴。とっぷりとくれた京阪四条に戻って四条大橋から見る賀茂川も良いですね。

Photo_20231122162401Photo_20231122162501Photo_20231123083001 行って来ました第75回正倉院展!  図録の表紙を飾るのは楓蘇芳染螺鈿槽琵琶(かえですおうぞめらでんのそうのびわ)、国家珍宝帳第一番記載の九条刺納樹皮色袈裟(くじょうしのうじゅひしょくのけさ)。幅253×縦147cm、法衣の上から左肩を前後に覆って使用されたのでしょうか  細かい模様がいっぱいの絹は、御袈裟幞袷(おんけさつつみのあわせ)袈裟九領を大切に包んだ風呂敷ですね。東大寺の大仏開眼会は752年4月、聖武様は4年後の756年5月に56歳で崩御され、その四十九日に光明皇后が遺愛の品々を大仏に捧げたのが正倉院御物の初めです。①大仏開眼会に関わる品々 ②聖武様遺愛品 ③薬物 ④東大寺運営にかかわる品々 大好きな古文書はここです。
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KosekiPhoto_20231121161602ひげがあるのにちょっとベソをかいた男性,麻布に墨書きした素朴な布作面、中倉に29枚、南倉に3枚(女性は1枚他は男性面).楽舞で使用されたかな。古文書は、正倉院古文書正集第20巻―下総国葛飾郡大嶋郷戸籍(下総の国の住民名簿),今の東京都葛飾区と江戸川区付近に居住していた人々のもので721年‐722年のもの。最後は平螺鈿背円鏡(へいらでんはいのえんきょう) 径39.3cmの銅鏡の裏はヤコウガイ,琥珀、トルコ石で飾られた絢爛豪華なお品。

Photo_20231121162101 なんだか多忙な10月11月だったなーとベランダに出れば、隣家の柿が熟してここだけは短い秋でした。

 

    

 

  

 

 

 

 

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さらば昴よ

  10月中旬、見上げると金木犀が咲き、咲く一方から地面に落ちて金色地帯を作っている。休日の早朝、伏見のお稲荷さん詣での帰りに四条大橋から北を望んだ景色,穏やかな賀茂川と北山が望める。

Photo_20231018123501 Photo_20231022153101歌手の谷村新司さんが10月8日に亡くなられた。74歳、まさに団塊の世代のスターだった。団塊世代は.少子化の今とは較べようもない競争社会、卒業するや否や人出不足の社会に放り込まれ、安いサラリーで夜遅くまで残業続き…泣きべそをかいても助けてくれる人はいない。1㎝でも他人を超えよ!だった。谷村さんのは1981年に世に出て、目を閉じて何も見えず…歌詞もメロディも疲れ切った同世代だけでなく、若い世代にも支持されて大ヒットになった。

1_20231020152601 Photo_20231017141501Imurasinnzibannnennおうし座の昴は、ギリシア神話の巨人アトラスと妖精プレイオネの間に生まれたプレアディス7人姉妹を指しているとか…6から7個の青白い星の集団を、清少納言さんも「枕草子」の中できっぱり星は昴と断じておられますし、まだ春浅いころのおうし座を見れば、昴はすぐにわかる。谷村新司さんは、生涯を通じて安定を好まずもっと違う何かを求め続けた。さらば,昴よ、谷村さんの眠りが安らかであるよう見守って下さいね。

Photo_20231024190401Photo_20231024074001Photo_20231024073602Photo_20231024190101

10月が誕生日の私を祝うという名目でのお食事会、小さなケーキが嬉しく、フグ提灯顔でローソクを消すのも楽しい。料亭差し入れの美味なお赤飯.タイのお頭煮はテークアウト用にとお願いする。着物は小倉淳史さんの紅紫付け下げ、帯は北村武史作の桃源花紋です。

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柿の釜は自家製、さて蓋はなり口か頭かで意見が分かれ、両方作ってみました。いつも混ぜ寿司の具を冷凍しているので、ちょっと解凍して豆腐との白あえに使っています。読書の秋深し…宮城谷昌光作の孔丘上下、巧言令色少なし仁の孔子様、放浪の生涯を描いています。

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命なりけり

7月の京都は祇園祭一色、雨の13日 前祭23基の山鉾のうち長刀鉾、函谷鉾、菊水鉾、池坊保育園近くの鶏鉾を見る。  祇園祭は7月1日の切符入に始まり、31日の八坂神社内疫神社の夏越しの祓まで(蘇民将来子孫也そみんしょうらいのしそんなり) 1か月のロングラン。

Photo_20230713165401Photo_20230713165403Photo_20230715051201
869年(貞観11年)に京の都で疫病が大流行し、お役人たち(天皇様にクレームつけるのはさすがに恐れ多い)は何をしてるのと怨嗟の声が高くなり、当時の国の数66本の矛を神泉苑に立てて悪霊退散をお祈りしたのが祇園御霊会(ぎおんごりょうえ)、これが祇園祭の始まりなので1100年以上の歴史がある。懸装品が動く美術館ともいわれるほど絢爛豪華になったのは、江戸時代の豪商達からですって。Photo_20230714134002Photo_20230714134001   Photo_20230717102701 鶏鉾をじっくり拝観したのは今回初めて、見送りの毛つづれは16世紀にベルギーで作られたもの、トロイの王子ヘクトールが妻子に別れを告げる図柄で江戸時代に日本到来と伝えられている。

 Photo_20230714133801Photo_20230714135401  菊水系人隊

古代、檜扇は悪霊退散に用いられたことから祇園祭の花になった様子、薄灰色の絽の小紋に夏休みと銘を打った絽の夏帯、ウーン今年は蒸し蒸しさすが京都、暑いことなんておへんと強がるのは無理。 この日は女心以上に天気の変化が激しく、セミが鳴いてる! お天気だ―と喜んで着物の用意をしているとザーと降るの繰り返し、心を決めて女は度胸時に愛嬌、さあ出かけましょうと菊水のお茶席で一服。

夏の献立、20230715_171304 20230715_171315   絹ごし豆腐に塩小さじ1/2かけて一晩おいて水けを抜き、トマトとオリーブオイルをかけた一皿、かぼちゃのポタージュ、タコの酢の物、水ナスぬか漬け、到来のピクルス。  家族からベジタリアン献立に見える、焼き丸クンで松坂牛?ならぬ国産牛をたっぷり頂いたと書いてくれと要求がでたので追加します。タイトルは1186年、西行法師が69歳で東大寺勧進のため中山越えをして「命なりけり小夜の中山」と詠んだことから取った。小夜の中山は現在の静岡県掛川市にあり、平安時代から交通の3大難所だった。松尾芭蕉もここを通り、師と仰ぐ西行を偲んでいる。命があればこそ恨み、悩み、悲しみ、喜べる。命こそ大切、命を大切に、これは応援歌です、一緒に頑張りましょう

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新年ご挨拶2023

 明けましておめでとうございます。2023年元旦は早朝から北野天満宮へ着物で初詣。新型コロナ禍で、年末年始外出制限なしは久しぶり、北野天神様もスゴイ人出、マスクを外して出店の前で食しておられる皆様に仰天‼ 他人さまのことを言っている場合ではなく、私どもも3年ぶりにホテルで新年会予定 ! どうなることでしょうか…

20230101_095622_20230103143601  Tennzinnsama       Photo_20230104185901 

Photo_20230103144602  2b_20230104155201 着物は薄灰色地、小倉淳史さんの桐の付け下げに、紫の龍村の袋帯を合わせました。 助産師業も今年で40年、休日は留守電解約(❓)して応答するは、大晦日も元旦も海外でも同様です。年賀状は100枚くらい,賀状終い宣言も混じっていてドキッとしますが、それでもたくさん来るほうでしょう。おせち料理ですか?  シュフですから勿論いたしました。28日から始めて柔らかい黒豆とニシン昆布巻き、竜皮巻、30日夕方にはフンふんとつまみ食いNO1のごまめに紅白なます、ローストビーフなど等。今年はホテル宴会なのでそちらをアップしましょう。

 20230101_121011  Photo_20230104155201 Photo_20230104155202  20230101_130613_20230104155401器も素敵なお料理の始まり 先付、白鶴の器内は紅白なます、モスグリーンの打ち出の小槌内は数の子。白みそ雑煮はエビ おつくりも美味美味❣   おホホ 黒はアワビステーキですのよ、フキノトウとフグのから揚…  まだまだ続くご馳走攻めに参った、ウナギご飯はお持ち帰りという始末です。われは粗製乱造世代 冬ひばり  高野 ムツオ様の句。 

  3_20230104155701 家族はいいものですね、ご馳走とたわいないゲーム後のこの笑顔です。えっ、仕事 4日の今日は仕事始め、めいっぱい働いて助産師業を満喫、母乳で育てるってすごく良いものです。         

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人間青山(ジンカンセイザン)

暑中お見舞い申し上げます。 先日まで鳴りを潜めていたセミ達が「お熱いのが大好き、待ってました」とばかりに早朝から桜や木蓮の樹で大合唱‼ セミの生命力も凄いが新型コロナウイルスも凄い。オミクロン株が変異してBA.5に置き換わり、感染者数は20 万人/日となり第7波到来、人類との熱い戦いはまだまだ続きそうです。

Photo_20220720152502 Photo_20220720152503Photo_20220720153501そんな中で、7月17日3年ぶりの祇園祭 動く美術館 山鉾巡行(前祭)が無事行われた。京都市民の私たちは稚児のしぐさの一つ一つ、くじ改めの少年の凛々しさに歓声を上げて見守った。コンチキチンの祇園囃子も嬉しいが、13日の宵々々々山からのスゴイ人出はニュースで見るだけに。
山も鉾も釘1本使わず、独特の縄で組み立てる伝統作事、作事方も鉾引きボランティアの方々も練習を積んで備え、この日があったのですね。
気のせいか、先頭を行く長刀鉾の音頭取り2人が若くなった感じ。辻回しだけはベテラン4人組が乗り込んでの音頭取り、長時間の辛気臭い間を見せ場に変えて、車方、囃子方とも息の合った辻回しはお見事! 

 20220724_08220520220724_1126002Photo_20220723073301 盛唐の大詩人李白様(701⁻762)の客中行の紹介に、敬愛する中野孝次氏は「人間到る処青山あり」としていて長い間不思議だった。 そうですか漂泊の詩人李白様のお墓は、中国安徽省当塗県青山にあったか。私の学生時代はもう半世紀前になるが、大学は熊野神社近くにあり東大路通りに面して何軒もの「青山」という喫茶店があった。単純にコーヒーのブルーマウンテンだと思っていたが、もしかして青春の墓場の意味?

蘭陵美酒鬱金香  蘭(らんりょう))(びしゅ) 鬱金(うつこんこう)

玉椀盛來琥珀光  (ぎょくわん)(もりきた)る (こはくのひかり)

但使主人能醉客  (た)主人をして(よ)くわしめば

不知何處是他鄉 らず(いず)れの(いずれの所かこれ)(たきょう)なるを   

さーすが李白様、故郷に錦を飾るなんて考えこれぽっちもない…蘭陵の酒は良い香り、玉椀になみなみと注がれて琥珀の光を放つ。主人がうまく私を酔わせてくれればそこが故郷さ。

Photo_20220723073401 Photo_20220723073402  タイトルの人間青山の初出は獄中の政治家蘇軾(1037⁻1101)が、1079年に死を覚悟して実弟に送った2編のうちのその一にある。是る処の青山骨を理む可し(いたるところのせいざん 骨をうずむべし)。多彩な蘇軾は、文人書家.あの蘇東坡肉の料理家としても名高い。故郷でなくてもどこでも死に場所はあるさ、弟よ、来世があるなら君とは又、兄弟でありたいね。この蘇軾の人間青山を取り込んで、幕末の尊王攘夷派の僧侶 釈 月性(1817⁻ 1858)は、男子志を立てて故郷を出れば、学成り出世しなければ死んでも帰ってはならん。どこにでも骨をうずめなさい!と勇ましい。ベランダきゅうりとハモカワの酢の物は夏の定番、サラダ感覚で美味しく戴いている。蘭陵の美酒はシャンパンでいかが?下戸には、能勢ミネラルもいけますよ。

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兵馬俑と古代中国展

  2月24日にロシアからの侵略が始まり、今なお、出口の見えない泥沼のウクライナを夜のニュースで見る。本当にマリウポリは陥落寸前なのか、この侵略を止めるべきはロシアのプーチン大統領だが、彼はブレーキの利かない戦車に乗ってしまった…安全な日本にいる私にできることは、ウクライナから目をそらさず関心を持ち続け、心ばかりでも確かな所に寄付を届けるだけ。

Photo_20220420233601Photo_20220427073201    Photo_20220420233602京セラ美術館で開催中の兵馬俑と古代中国を観てきた。ヒトや動物の姿を写し取った像を俑と言い,故人の死後の生活のため地下世界に収められた1974年に西安市で発掘された秦の始皇帝(BCE259-210)の兵馬俑8000体が有名。図録の表紙を飾る跪射武士俑(キシャブシヨウ⁾は高さ122㎝ 、弩(ド=イシユミ)集団の一員の彼は、右膝を地面につけ左膝を立て弩を構えて待機している。 モノクロ写真は、発掘時のまま始皇帝陵の土中にある兵馬俑。等身大の前面の武士団が、向かって左に揃えている髷にも注目!。

Photo_20220415133603Photo_20220418130501Photo_20220418134302Photo_20220418134301時代からは、イラストのような立射武士俑178㎝や、アクセと見まがう愛らしい金虎 高さ3.1㎝【もしかして虎符】も出土している。

20220410_102340_20220418132901 Photo_20220418132501   Photo_20220418132603展示最後の室は撮影OKなので、イヤホンガイドつけたまま、スマホを迫力満点の舞台に向け夢中で撮影中。着物は灰水色大島、葉桜の名古屋帯という装い。

 Photo_20220418180601 Photo_20220418180501Photo_20220419184301彩色騎馬俑は高さ33cm、長さ34cm 秦時代から見るとまるでミニチュア、皇帝陵ではなく劉邦に従った臣下陵のもの?  右の彩色歩兵俑高さ48cm,顔貌が北方系らしい。のちに激しく争うことになる匈奴とも前漢時代は仲良く交流していたのか?   BCE202年、漢の劉邦が垓下の戦い(ガイカノタタカイ⁾で楚の項羽を破って漢皇帝の座に登ったのは46歳の時,劉邦が建国した前漢は約200年続いた。 鼎の軽重を問うの鼎がこれ、父癸青銅鼎(フキセイドウテイ)、BCE771 年に滅亡した西周の陵から出土した。高さ30.5cm,口径26.5cm、戦にも携帯して魚肉を調理したのでしょうか。

Takenoko-1  Photo_20220419184401  今年も長岡京のF様から見事なタケノコ様がご到着。普段は眠っている直径35cmの巨大土鍋と寸胴で水から1時間、ゆっくり茹でて一晩そのまま冷まします。筍ご飯と焼筍の田楽味噌で賞味! 変異を続ける新型コロナウイルスも宿主を殺してしまえば元も子もなくなる…そう利己的ではないはずだから、どこかで人類と折り合いをつけて収まることを信じて…ゴールデンウイークは京見物で静かに過ごす予定です。

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新年ご挨拶 2022

皆さま  明けましておめでとうございます。昨年9月末の緊急事態宣言解除から、新型コロナ オミクロン株の席捲まで3か月の休息でした。皆様から今年もたくさんの年賀状を頂き感謝しております。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

Hana-hiiragi  Photo_20220106083401柊の白、南天の赤、年末の大原と初詣の北野天満宮で撮影しました。恒例だったホテル大宴会は、仕事柄 今年もご遠慮。我が家のおせちテーマは巻き○○ニシン昆布巻き、ゴボウと人参の矢幡巻、鯛の龍皮巻き、だし巻き卵。自慢の柔らかい黒豆は30年来のレシピ、さび釘の代わりに鉄卵(ナスのぬか漬け用)を代用。ガスの火力調節に誰かがつきっきり、28日から取り掛かって30日朝に出来上り。ソフトニシンができて楽になったニシン昆布巻きも半日がかり。31日に田作り、カズノコ、紅白なます、菊花かぶ、サケのヨーグルト味噌焼き、養老エビを仕上げて蒲鉾を飾り切りしてお重に詰めます。端っこをつまんだり、味見と称してポイ!頻度が最も高いのは田作り、昆布巻きのニシン、黒豆は固いんじゃない?甘いんじゃない?味見頻度も高い。えっローストビーフと花びら餅がない❓予算縮小で本年は取りやめ。シャンパンを張り込んでいますしね。

Photo_20220106075801   Photo_20220106075802  初詣は、露店.屋台でにぎわう北野の天神様へ。名物に旨いものあり、長五郎餅ご家庭用を求めて家族で一服。

 Photo_20220106075803 Photo_20220106075901Photo_20220106093101春着は、毛馬筋の江戸小紋、帯は名古屋の青海波。ちなみに昨年の顔見世(やはり行きました)  着物は、小倉淳史先生の付け下げでした。疾走する虎に振り回されるか?人類の英知を見せる寅年になるか❓本年もよろしくお付き合いの程を!

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筆と硯 第73回正倉院展

もう1カ月も前になったが、晩秋の奈良国立博物館で開催された第73回正倉院展(10月30日⁻11月15日)を観てきた。ちょうど緊急事態宣言が解除され、なぜか新型コロナ感染者は激減、お出かけ安心感が広がって近鉄奈良駅から博物館までの登大路はベビーカーの親子連れなど人出がぐっと増えていた。見上げれば紅葉、生垣には山茶花 季節はゆっくり廻っている。

 Kouyou 20211121_080350ヒトとかかわる仕事を持つということは、流れ弾ならぬ暗闇からの石つぶてが頬をかすめたり、想定外の困難が降りかかるのは承知していたはずなのに…晴れて機嫌のよい日ばかりが続くはずもないのに、いざ嵐に近い土砂降りに遭遇すると心が挫けそうだった。6週間過ぎた今、やっと前向き思考になり、困難を乗り越えることは自分を成長させるステップだと思えるようになった。中高年になっても成長は必要らしい。  下書きのまま放置していた正倉院展ブログに取り掛かる気力も出てきた。昨年同様、今年も日時指定の事前申し込み入場券で混雑はわずか。

Photo_20211111073901   20211111_084145 

図録表紙を飾る螺鈿紫檀の阮咸(らでんしたんのげんかん)=丸い胴の弦楽器。拡大した槽の部分はとりわけ見事で、2羽のホンセイインコらしき鳥が旋回する様子がヤコウガイ、タイマイ等で華麗に装飾されている。会場内には阮咸の物悲しい音色がビヨーンビヨヨーンと響いて雰囲気を盛り上げる。    聖武天皇様(701⁻756]は、生母藤原宮子が彼を出産後に重度の心的障害を起こし、母の愛を知らずに成長された。即位後は地震.旱魃.天然痘大流行、長屋王 藤原広嗣の乱などが続き災難が度重なります。総て天皇の徳が足りないからにされてしまうご時世ですから、彷徨える天皇といわれるくらい遷都を繰り返して改善を試みるも全く効果なし。

Photo_20211216164401頼るは仏教のみ‼巨大な廬舎那仏を建立しておすがりしましょう‼  華やかに見えても聖武天皇さまの国庫はひどい財政難、東大寺を建てたり大仏様をおつくりする費用はどこからも出ない。ここに強力な助っ人現る‼ 民からの信望熱い僧 行基さま。彼が全国行脚して、大仏建立の意義を説き物資や人手を集めて回り、9年にわたる日本国あげての一大プロジェクトが始まります。行基さまは752年の大仏開眼を見ることなく没し、聖武様も東大寺と廬舎那仏を残して756年に崩じられます。

  Photo_20211111082801  Photo_20211214140701  天平の文房具セット、硯、墨、筆である。正倉院に唯一伝わる青斑石の 、硯をはめ込んだ六角形の床石と木製の床脚、多様な素材と技巧を凝らした古硯は世界でも例がないとか。漢字の風をイメージした硯は『風字硯』と呼ばれ、墨筆文化に寄せる天平人の熱い思いが感じられる。舟型墨は長さ22.2cm幅は約3cm、松脂を燃やした煤の松煙墨と煮溶かした膠を練り合わせ乾燥させた国産墨ですって…写経事業に使われた可能性大。

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筆管は竹、筆は長さ17㎝から21.6㎝、筆自体は中心に芯になる獣毛を立て、周りを紙で巻いてさらに数回にわたって毛と紙を交互に巻いて作られている。装飾性が高いこれらの筆は、有芯筆(巻筆,雀頭筆)と呼ばれる貴重な存在。様々な色に染めた未使用の紙100枚くらいを紙で包んだヒノキ製の軸木に巻いたもの、長さ28.5㎝×46.5㎝、五色紙と称された。

Photo_20211111083603_20211214141001   Photo_20211215135601

写経所に勤務する下級役人の文書12通をつないで1巻にまとめたうちの2枚。薄ネズ色の文書は、麻柄麻多麻呂さんがコメの借用を申し出て、20日後には稲を刈って精米して必ずお返ししますと。ちょっと切ない文書です。  もう1枚は、川村福持さんが若桜部朝臣梶取(わかさくらべのあそんかじとり) さんを写経所の校生に採用していただけませんかというお願い。知人か親戚の坊ちゃんを少しでも収入のよいところにお世話してあげましょうは勘繰りでしょうか。雲上人には雲上人の、庶民には庶民の苦しみがある。でもいつの時代も庶民は逞しく生き抜くすべを知っていますね。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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八月や

八月や 六日九日 十五日  小森白芒子(はくぼうし)など詠人多数 。六日九日は広島,長崎に原爆が投下された日、十五日は終戦記念日である。幼いころ、夏休みに預けられていた伊予大洲の亡祖父母は、終戦記念日のことを私にずーっと語り継いで聞かせた。暑い暑い日でね、水も食料もなくて飢え喝いて沢山の兵隊さんが亡くなられたのよ…そのおかげで、自分らが生きてゆけるのよ。忘れてはいけない!!小森さんには  国破れ 日輪焦土を 灼きつけるもある。最近あまり見かけなくなった朝顔,紅と紫の2鉢でベランダが明るくなった。Photo_20210813084501      Photo_20210813084502   東京オリンピック2020が閉幕し、期間中 選手たちにたくさんの感動をいただいた。新型コロナのデルタ株、ラムダ株の脅威を一時そちらにおいて、競泳女子2冠の大橋 悠依選手や侍ジャパンの応援に熱中した。しかし新型コロナの変異の凄さよ、はっと夢から覚めれば東京,大阪,沖縄は言うに及ばず京都ですら370人❕ 間違いではないよね…という爆発ぶり。勿論,一般人はできるだけ外出しないよう、昨年に続き、故郷の墓参りすら控えております。(ワクチン接種済みでも安全とは言えず、自粛続きでコロナれ、飽きているのも事実) Photo_20210813092701 照りつける陽射しの下、セミ時雨を聞きながら夏の恒例行事 梅を干す。  炎天下の梅干しも今年が最後か…つぶやきを聞いた家族の一人、【それは困ります、あの赤梅酢がないと酢ハスができない、手伝います。】   エビラザルの梅を返したり、ホーロー容器の赤梅酢を煮沸したり、色々やってくれます。

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キュウリとみょうがの混ぜお稲荷さん。暮らしの手帳3回目の登場でテイクアウト用に今年初めて作ってみました。どこがお稲荷さん?   実は,お米3合に,チリメンジャコ50g、白ごま大さじ3杯、5㎜角に小さく切って煮含めた稲荷揚げ6枚が入っています。マグロには見えないか…みょうがは甘酢に前の日からつけて準備、キュウリ2本は、薄切りで海水くらいの塩水に5分で搾ります。途中 甘酢ミョウガを試食した1人が「すっぱーい、私のはみょうが載せないで!」実際仕上げてみると、ミョウガとキュウリのバランス抜群、美味しいと大好評。いつものあればかりでなく色々チャレンジしてみるものですね。家庭料理は材料を無駄にできないので、新メニュー開発には限界があります。3年ほど前、マーボーナスが人数分しかないのに、ピンポーン!急に食べ盛りが2人増えた。窮余の一策はたまたま冷蔵庫にあった木綿豆腐1丁を1.5㎝角に切って足し、マーボー茄子豆腐に化けさせた処、思いがけず美味❕。今ではマーボー茄子豆腐で初めから作っています。

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今日はお盆の13日、苧殻のお迎え火もなし、ご先祖様がお帰りになる16日の五山送り火も自宅から出ない方が良いとか。えっ私ですか、例年通り」仕事場でレポート書いたり考えたり…静かな夏休みです。

 

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