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2018年7月

大暑(土用)のスイカ

1年で最も暑い大暑、今年は7月23日でしたが特定の日だけでなく、8月7日頃までの2週間程を指すという説が有力です。毎年大暑に合せて、長野の土肥農園のドスイカを届けて下さるのは学生時代からの友人Hさん。スイカの歴史は古く、原産地は5000年前の中央アフリカの砂漠❓ らしい。かのエジプトの王家の墓の壁にはスイカが描かれ、ツタンカーメン王の墓からは種が発見されている。水分糖分カリウムで疲労回復、何より美味しい!!ランチョンマットの派手なトルコの小鉢には、自家製の梅塩、朝晩頂いて元気がでました。

 

 

 

     

 

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月初めからの西日本豪雨、休む間もなく38℃越えの歴史的猛暑が10日以上とあっては地球がどうかなったのかと恐れていたが、祇園祭に合わせてセミの大合唱が始まって一安心。真に「セミと赤ちゃんはなくもの…どちらもなかなくなったら地球は終わりよ」です。

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祇園祭 前祭りの巡行トップを行くのはクジとらずの長刀鉾菊水鉾は17番目 平安京の869年から続く日本三大祭です。794年の平安遷都から70年余、湿地の京に多数の人口が流れ込み、下水処理などインフラ整備が進ます疫病が大流行する、帝位を巡って権謀術策入り乱れ敗れて非業の死を遂げた早良親王達…怨霊になって祟ると恐れられ、864年富士山大噴火、869年陸奥で貞観大地震が起きる …社会不安は増すばかりとあってはもうたまりません。 

 

Photo_12  Photo_9この869年、卜部日良麿さまが日本国の数を表す66本の鉾を立て、その矛に諸国の悪霊を移し宿らせ神輿3基を送り、御霊会を行ったのが祇園祭の始まりとされている。山鉾それぞれが意匠を凝らした厄除チマキを配っているが、「蘇民将来の子孫なり」とあるのは同じ、牛頭大王と蘇民将来のお約束で、これを玄関にお飾りすれば疫病退散家内安全になるそう。暑い時にこの祭り京の町衆の心意気や良し、負けじと私も夏大島に川島の白波模様名古屋。少しも暑くありませんという顔が大切。 白バッグの一枚は、雪三郎の源氏香の付け下げ、ここ数年濃き色が似合わなくなり、夏大島も焦げ茶の雪三郎も避けていたがエイっと掛け声で着てみたら何とか似合わないでもないか…大暑には3日3晩梅を干す大仕事が残っていた。

Photo_13  Photo_14  干し上げた梅は、消毒した瓶に赤ザラメをパラパラ振り入れ、焼酎を吹きかけ一緒に干した赤しそをかぶせ2018年のラベルを張って終了。この梅干は眠れないときに一粒含むと落ち着き、青魚の料理、ローマの真珠(ピンポン玉くらいの新玉ねぎのスープ煮の隠し味に)と大活躍です。

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