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2015年11月

正倉院の秋

毎年 晩秋のお楽しみは、奈良国立博物館の正倉院展、行列嫌いの京都人ですがこれだけは例外、読売新聞社のY様のご好意も嬉しく、朝6時46分発近鉄電車で出発です。_edited1_3この正倉院展は学生時代から観ていて、一時中断はありますが、40年以上通っています。近年は和服でお出かけして近鉄奈良駅からのランニングに不利なことが判明、経験を活かして平服ワンピとローヒールです。そして何と何と8時前に博物館到着、初めて2列目の軒下に並んで、池を隔てた対岸の景色を撮影する余裕ぶり。9時10分には入場しました!

 

 Img_0001  Img_0002 Photo_2今年の呼び物紫檀木画槽琵琶(シタンモクガソウノビワ)、まるで現代のバッグやオシャレ小物のデザインのような…

 

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 堅い紫檀の木の1枚板に織文を思わせる木画による小花文を象嵌ですって、スゴーい。お次の華やかなのものさしは、紅牙撥鏤尺 [こうげばちるのしゃく]「乞巧奠(キッコウデン)七夕の行事で裁縫上達を願った行事に使用されたらしい。長29.7 幅2.3 厚0.8

 

Photo_13  Monosasi2_edited1昔の一尺物差しですが、あと何枚か正倉院にある撥鏤尺を比較すると微妙に長さや区切が違っていて、実用向きではなかったとか。さて、最後の室  古文書に来ました。続正倉院古文書別集には、「長いこと病人の看病でお休みしてすんまへんどした。やっと落ち着きましたさかいそろそろ出勤さしていただきます。」また隼人計帳(南九州出身者の徴税基本台帳)には、姓が隼人さんばかりなので、右頬に大きなほくろとかあってまるで天平のマイナンバーのようです。この正倉院があるのも皆、皇后光明様のおかげですが、聖武天皇様が薨去されてからわずか四年後に亡くなられていたんです…甥(姉の藤原宮子の子)と結婚して皇族以外の初めての皇后で苦労が多かったかな。そう思うと最後の展示五月一日経、亡き父母供養の経を見る目もまた違ってきました。Photo_5  Photo_12

宮城谷 昌光さんの劉邦」上中下、歴史観が変わります。ドラマの項羽と劉邦 King's Warでは項羽は若くてハンサム、戦に強くしかも虞姫(ぐき)、あるいは虞美人一筋浮気はしません。対する劉邦様は、40過ぎの中年おじさんで初めは戦は弱いし、後は英雄色を好むの典型美女大好きのはず。高校生の頃に暗記した四字熟語や名言がたくさん出てきます。例えば,韓信を評した国士無双、あとには 引けません背水の陣、項羽の最後四面楚歌などなどしかし宮城谷さん描く劉邦は、全く違います。 前漢の祖 劉邦が活躍したBC200年頃は日本では稲作始まるの弥生時代。読んでみるとワクワクしますよ。もう2冊、上橋菜穂子さんの「鹿の王」上下、上橋さんはこの本の構想を体内を侵すウイルス「破壊する創造者」という生物進化論の1冊と柳沢桂子さんの「我々はなぜ死ぬのか」に触発されて書いたと後書きで述べている。私も柳沢さんの本はほとんど読んでいるが、そうだったのかと感心したあとは綺麗さっぱり、まあ あまりに多忙な毎日ですからと逃げを打ちます。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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