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2010年6月

桶谷先生と私

恩師 桶谷そとみ先生が身まかられたのは2004年1月6日 今年は七回忌に当たる。  年初からそれが気にかかっていて、せめて墓参だけでもという思いがあり、先週やっと思いが叶った。 今うちに通院中のSさんのお母様は、 桶谷治療院のあった高岡の大工町にご実家があり 「乳腺炎になりましてね。この子を連れて毎日通ったんですよ。それはそれはお優しい先生で、私ら 嫁の立場もよーく解っとられて、ようしていただきました。先生の手が胸に当たるとそれだけで治った気持になるくらい、柔らかい手の感触は今も覚えております。神様の手でした。」感謝を込めて語られる。

Photo_8 写真は、19859、泉南市の研修センターで撮ったもの。 穏やかな表情の先生と若い日の私である。 この2年前70歳の先生は、LLL(世界母乳連盟)から招待されて、講演とデモンストレーションのため アメリカ南部のカンザスシティまでの旅をされ  お歴々とともに若輩の私もお供に加えていただいた。 この旅で 特に驚いたのは、先生が 何にでも興味を示され 何でも見ていこうという好奇心の塊のような方だったこと  食事に関しても一切注文なし、お見事な姿勢であった。 アメリカ旅行の写真を持参して泉南に伺うと、御夫君庄蔵氏の絶品大門ソウメンが振舞われる。   泉南では「 研鑽しろ 研鑽しろ 」と口が酸っぱくなるほどお小言もいただいたが可愛がっても頂いた。ご忠告もどこ吹く風、「先生さえ御存命ならいつでもお尋ねできるしお教えいただける」とタカをくくっていたのである。頼るべき柱を失って不肖の弟子は今頃 後悔している。       高岡の蓮光寺には 前もって連絡を入れておいたので、奥様が 「昨年もこの頃でしたね」 と待っていて下さった。Photo_3Photo_4 きれいに手入れされた町中の墓地の所々に 夏草が茂り始めていて静かな墓地は誰も来ない。                           

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よくよく見ると2本のケヤキの下にまだ新しい十字架がある。えッ、何で十字架?  奥さまが「これは江戸時代の島原の乱で、加賀の前田家お預けになった転びキリシタンの人達のお墓だそうです。 三代にわたって監視されても、なかなか転びきれなくて、哀れに思った昔の人達が相談のうえ、十字架を建てて葬られたようです。  今でも探し探してお参りに来られる方もおられますよ。 十字架が古くなったので、つい最近新しく直したものですから余計目立って」    北陸と言えば一向一揆、お念仏一色かと思っていたが、なかなかキリスト教も盛んな土地だったらしい。  それにしても、徳川の時代に檀家一同結託して、十字架を建てるとは、高岡の人達の優しさとつよさは測りきれない。  確か桶谷先生のお姉さまは、明治の末に高岡で生まれ育って、 女学校卒業後に修道院に入られシスターになられたとお聞きしている。 シスターは、母子の幸せに貢献する桶谷先生のことを認めてもらおうと当時の厚生省陳情の先頭に立たれたこともある。 高岡は、お念仏とともに讃美歌を受け入れるやわらかな土地柄であり、 桶谷先生の新しいものへの尽きせぬ興味、あくなき追求心、優しさはこの土地柄ゆえかとも思う。 最後は初心者マークの私の梅干しのご報告。4日後にはきれいな白梅酢が上がってきて重石を3kgに落としました。あと2週間 紫蘇を入れるまで、気を抜かず毎日梅のご機嫌伺いを続けます。

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梅仕事

まぁ Rさん  そんな風に思っていただけるなんて助産師冥利に尽きます、こちらこそありがとうございます。   3回目の母乳careに来られたRさんが上手におっぱいを飲んでご満悦の赤ちゃんをしっかり抱っこして お帰り間際におっしゃった言葉は私たちの心も明るくしてくれます。 「この子は、ちゃんとおっぱいが飲める子だったんですね。こちらに出会わなかったら、わたし 子供がこんな可愛い表情を見せてくれるとか、あやしたらご機嫌になるなんて思ってもみませんでした。明けても暮れても搾乳に追われて 出口の見えない暗ーいトンネルがいつまでも続くようで…  今は本当に嬉しい、ありがとうございます。」   初めて来られた時のRさんは硬い表情でした。「あかちゃんが全くおっぱいを飲んでくれない、お産した病院の外来に何回も通ったけれど、泣き叫んでまるで虐待しているみたいになって…そこの助産師さんたちには, 『この子は生まれもって直接  母乳を飲むのが嫌いな子なのよ』 と言われてしまって…」  Photo 23年前に私たちが開発した「母乳相談室」という哺乳瓶を上手に使っていて下さったのも Rさんが直接飲ませられるようになった一因でしょう。  この子たちに勇気づけられて 今年も簡略梅仕事です。    

Photo_3   写真の2つのビンは、右が昨年のブログ 「花衣脱ぐや…」で紹介した「梅酢」、左は毎年作る梅ブランデーです。梅酢は、材料:青梅1.5kg、コメ酢900ml、蜂蜜1kgを梅酒用の広口瓶に漬けて3か月、冷暗所に置いておくだけ。梅ブランデーは、青梅1kg、安いブランデー1.8L、氷砂糖400gから500gの間で。真うちは、中断していた梅干し。 よく民間では 保存食は、カビが生えると家内に病人が出たりしてよくないことが起きると申します。 不精を戒めて、十分目配り手配りしなさいということなのでしょう。  かくいう私も、梅干しにカビがついた思い出があります。   10年近く続いた介護の日々が、あっけなく終わった年は 呆然自失。 喪失感 無力感、私がもっとしっかり見ていれば、まだまだ 長生きしていただけたのではないか悔悟の日々、介護が終われば悔悟かなんて馬鹿なこと言わないでと目くじらを立てる始末。  亡き人のことを思うと、ああもして差し上げたかった こうもできたのではないかと 唯 申し訳なくてぼんやりと過ごし、梅漬けに思いが至らず 気がついたときはカビだらけという苦い思い出なのです。 昨年七回忌が終わり、今年は初心者マークの梅干し挑戦です。 漬けるための甕は勿論 、ザル、フキンに至るまで入念に消毒し、塩分15%,重石は7kg、さて無事に土用干しを迎えられるでしょうか

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