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2009年9月

「ミレニアム」

スゥエーデンPhoto_2を舞台にしたスティーグ.ラーソン(1954~2004)の「ミレニアム」3部作を読了。ヒロインはミルトンセキュリティの調査員リスベット・サランデル、謎の生い立ちは第2部の「火と戯れる女」で明らかになる。中年のヒーロー?ミカエル.ブルムクヴィストは雑誌「ミレニアム」の発行責任者であり共同経営者でもあり、有能な記者でもあるが、女性の守備範囲がめっぽう広く、まあはっきり言えば女性関係にだらしない、魅力的な男性ということになる。私が睡眠を削って第3部の「眠れる女と狂卓の騎士」を読み終え深い満足感に浸っていると、家人曰く、「 ようあんなごちゃごちゃした名前のダニエルだエリカだアレクサンドルだ、言うような本読めるもんやな。」そういえば第1部の「ドラゴンタトゥーの女」を貸したら源氏物語の須磨返りよろしく、毎晩睡眠薬になるとのたまって一向読み終えた気配がない。左上の横たわった本は中央公論社から復刊なった司馬遼太郎の「ひとびとの跫音」。正岡子規詩心と情趣を受け継いだ人々の豊饒にして清々しい人生、と帯にはある。根岸の子規の隣家に住む陸羯南(クガカツナン)との交流、子規没後のとその養子、正岡忠三郎の不器用な生き方がどこか愛しく懐かしい。母方の祖父は伊予大洲の出で、句会には「ひとつ腰折れでも…」と照れ笑いに紛らせつつ、祖母同伴で出かける風流人であった。初孫の私はとても可愛がられて 幼児の私に万葉集がわかるはずもないのに、おっとりのんびり少しの手も抜かず人麻呂を赤人を額田王を解釈した祖父である。正岡忠三郎の口調は祖父そのもの、今、半世紀を超えて蘇る祖父との思い出である。困難にあっても「何とかなるでしょうと」いつも楽天的な私だが、稀に心が萎えるような辛い気分に襲われることもある。そんな時は迷わず、瀬田の滋賀県立近代美術館に足を運ぶ。常設展のひとつ、小倉遊亀さん絵を見て平常心に戻るためである。滋賀県立美術館は月曜休館、環境抜群ということはちょっと足の便が良くないということか…Photo_4 S_2Photo_5絵は3枚とも小倉遊亀さんの作、「故郷の人達」1929年、「姉妹」1970年、「径」1966年。小倉遊亀さんの絵はどれもどれも好きだが、このほかに挙げれば地唄舞の武原はんをモデルにした「雪」、悩める僧と観世音菩薩を描いた[磨針峠」は会うたびに疲労回復、まだ頑張れそう、となるから不思議である。

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風立ちぬ

  「風立ちぬ」とくれば堀 辰雄「いざ生きめやも」と続くのは、アラカン世代以上ですね。もう一回り若いと松田聖子の歌で「風立ちぬ、今はもう秋」となるのでしょう。ブログが更新されていないとあちこちからお叱りを受け、やっとパソコンに向かっています。短い今年の夏でしたが、超多忙の日々、その間を縫って墓参の旅をし、宿泊した道後のホテルで喜多流のお能を拝見して眼福に預かりました。お盆の時期にふさわしく演目は「八島」源 義経の霊が旅の僧に屋島合戦の哀愁を語るというもの。 淡いクリーム色の絽の小紋と羅の帯です。よく夏の着物は地獄とか聞きますが、着ている当人は結構涼しいものです。長襦袢は一回着たらすぐ洗えるもの,足袋は楽な海島綿、草履もパナマを愛用しています。焦げ茶の絽の訪問着は、源氏香と雪輪がテーマ、合わせている生なりの袋帯は30年来愛用の品で、モチーフは花火です

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薄水色の訪問着は形見わけに頂戴した一式で、この季節の改まった席に毎年必ず登場します。絽の袋帯には涼しく柿を配しています。 私はまだまだ初心者ですが、 京に住む女人は、蒸す夏も涼しく装って楽しむのです。ボードレールの詩集「秋の歌」にあるように「われらやがて冷たき闇に沈みいらん、おお、さらば さようなら 短きに過ぎしわれらが夏の生気ある輝きよ」お盆の最後、如意ヶ岳(大文字)に始まる五山送り火が静かに消えて静寂が京を覆うとき、いつもこの詩が浮かびます。さらば夏の光よ、やがてわれら冷たき闇に沈まん、それまでは元気出して新型インフルエンザも何するものぞ、生き抜きましょう。Photo_20

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