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2008年12月

師走の忠臣蔵

畳をあげての歳末大掃除や障子の張り替え風景を久しく目にしていない気がします。  自宅の6枚の障子用の刷毛を求めて東奔西走、やっと見つけた西村彌兵衛商店の有り難さよ。   店主の「経師屋さんに任せなさい」とか、 刷毛のお手入れについてのお小言に等しいご忠告など馬耳東風、自他共に認めるイラチ=せっかちですから、一刻も早く帰宅して障子を明るくして、師走のお経を頂きたかったのです。とマア、なんと殊勝なこととお考えになるのはまだ早い。法事には御馳走の精進落としがセットですし、12月のお経の後には京の冬の風物詩、顔見せ(11月30日~12月26日)が待っています。 2008_5おまけに今年は御贔屓の播磨屋中村吉衛門さんが「元禄忠臣蔵大石最後の一日」に主演です。  夜の部のチケット確保のためにweb松竹の会員にもなり、ケータイと電話3本をかけ続けるつもりでしたが、案に相違してすんなリ右の桟敷席が取れました。平素の心がけの良さがこんなところにも顕われるか、ご先祖様とお経のおかげでしょうかと小さなことを大喜び!Oziyatizimi                           チケットは取れたし、観劇用のお弁当も用意できた、さあ何を着てゆくかが悩みのタネ、今年は小千谷の渋い橡色(ツルバミ=トチ)の訪問着に決めました。帯は相良刺繍を散らした更紗の袋、帯揚げは蓼藍を模した縮緬の染めわけ、帯〆は梔子の黄です。  また、今日12月14日は忠臣蔵で知られる赤穂四十七士が主君の遺恨を晴らさんと吉良上野介邸に討ち入の日ですね。実際は旧暦の元禄14年(1703年)12月14日は1月30日になります。 大石さんたち四十七士は、資金も尽きたし??仇打ちの年越しをせずに今年中に成し遂げておきたかったのかな?    さて顔見せです。ぼんやりとした客席から京の着物美人たちを撮りました。 Photo_2祇園や宮川町の綺麗どころがずらりと揃う総見の日ではないのに、何と艶やかな観客が多いことか。えッ、吉衛門さん?堂々たる大石で重厚な演技でしたよ。しかも 磯貝十郎衛門 とおみの悲劇にも情けを示す花も実もある良いおとこ。でも時々池波正太郎の「鬼平犯科帳」の長谷川平蔵と混同しそうでした。と申しますのも、吉衛門さん演じる大石に赤穂浪士たちは「親方」と呼びかけますが、この呼びかけが鬼の平蔵さんに木村忠吾たち市中見回りが「「親方とかお頭」とか呼ぶ間合いににそっくり。  まあ鬼平では盗賊たちも「雲霧のお頭」とか呼ばれいましたね「初一念」を貫吉衛門さんの大石は素晴らしかったけれど、現代の価値観とは天と地以上の差がありました。浅野だけがお家断絶にあうのは喧嘩両成敗に反する、討ち入りで上野介の首級を上げただけでは不満、吉良家がお取り潰しになったことを非公式に知らされ、ヤレヤレこれでやっと安堵して切腹できますとは… それでは吉良家の人々はどうなるの?不思議なのは仇討の連鎖にならなかったこと。   浄瑠璃、歌舞伎みな、不条理非合理の世界、忠義一途の面々と横暴.無理難題、陰謀策略の悪役がいないと成立しない。  それに色々な意味で歌舞伎って旧いようで新しいと感じましたね。この大石最後の一日」は脚本家真山青果が50年ほど前の1957年に映画用に発表したものです。大石を演じたのは、吉衛門さんのお父様の松本幸四郎さん。この方の鬼平がまたシブかった!その他の演目、玉三郎さんと海老蔵さん、仁左衛門さん共演の「信濃路紅葉鬼揃」見ごたえありました。でも一番の収穫は、「傾城反魂香」で今年も人間国宝坂田藤十郎丈の素晴らしい芸に出会えたことかな。

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