兵馬俑と古代中国展

  2月24日にロシアからの侵略が始まり、今なお、出口の見えない泥沼のウクライナを夜のニュースで見る。本当にマリウポリは陥落寸前なのか、この侵略を止めるべきはロシアのプーチン大統領だが、彼はブレーキの利かない戦車に乗ってしまった…安全な日本にいる私にできることは、ウクライナから目をそらさず関心を持ち続け、心ばかりでも確かな所に寄付を届けるだけ。

Photo_20220420233601Photo_20220427073201    Photo_20220420233602京セラ美術館で開催中の兵馬俑と古代中国を観てきた。ヒトや動物の姿を写し取った像を俑と言い,故人の死後の生活のため地下世界に収められた1974年に西安市で発掘された秦の始皇帝(BCE259-210)の兵馬俑8000体が有名。図録の表紙を飾る跪射武士俑(キシャブシヨウ⁾は高さ122㎝ 、弩(ド=イシユミ)集団の一員の彼は、右膝を地面につけ左膝を立て弩を構えて待機している。 モノクロ写真は、発掘時のまま始皇帝陵の土中にある兵馬俑。等身大の前面の武士団が、向かって左に揃えている髷にも注目!。

Photo_20220415133603Photo_20220418130501Photo_20220418134302Photo_20220418134301時代からは、イラストのような立射武士俑178㎝や、アクセと見まがう愛らしい金虎 高さ3.1㎝【もしかして虎符】も出土している。

20220410_102340_20220418132901 Photo_20220418132501   Photo_20220418132603展示最後の室は撮影OKなので、イヤホンガイドつけたまま、スマホを迫力満点の舞台に向け夢中で撮影中。着物は灰水色大島、葉桜の名古屋帯という装い。

 Photo_20220418180601 Photo_20220418180501Photo_20220419184301彩色騎馬俑は高さ33cm、長さ34cm 秦時代から見るとまるでミニチュア、皇帝陵ではなく劉邦に従った臣下陵のもの?  右の彩色歩兵俑高さ48cm,顔貌が北方系らしい。のちに激しく争うことになる匈奴とも前漢時代は仲良く交流していたのか?   BCE202年、漢の劉邦が垓下の戦い(ガイカノタタカイ⁾で楚の項羽を破って漢皇帝の座に登ったのは46歳の時,劉邦が建国した前漢は約200年続いた。 鼎の軽重を問うの鼎がこれ、父癸青銅鼎(フキセイドウテイ)、BCE771 年に滅亡した西周の陵から出土した。高さ30.5cm,口径26.5cm、戦にも携帯して魚肉を調理したのでしょうか。

Takenoko-1  Photo_20220419184401  今年も長岡京のF様から見事なタケノコ様がご到着。普段は眠っている直径35cmの巨大土鍋と寸胴で水から1時間、ゆっくり茹でて一晩そのまま冷まします。筍ご飯と焼筍の田楽味噌で賞味! 変異を続ける新型コロナウイルスも宿主を殺してしまえば元も子もなくなる…そう利己的ではないはずだから、どこかで人類と折り合いをつけて収まることを信じて…ゴールデンウイークは京見物で静かに過ごす予定です。

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命は続く 小林美智子先生を悼む

春まだ浅い3月10日、私たち桶谷式の大恩人小林美智子先生が永眠された。ここ数年体調を崩されて療養中だったが、曽孫誕生を見届けての安らかな旅立ちだったと伝え聞いた。美智子先生(あえて親しみを込めてそう呼ばせていただく)と、桶谷そとみ先生とのご縁は深く永い。 

3_2022032915020116(2004年(平成16年6月総会時のスナップ)
美智子先生は高岡市のお生まれで、桶谷治療院があった白銀町は近く、幼い時から「桶谷のおばちゃん」とは顔見知りだった。信大医学部を卒業後、小児科医となりお子様5人を授かった。仕事と子育ての両立は、大変なご苦労だったと察しられる。2番目のお子様が病弱で、看病に疲れ果て乳腺炎に罹患、夜遅く実家に帰り桶谷先生の乳房治療を受けて快癒された。「弱い子ほど母乳で育てなければ」と叱咤激励されたのは1970年(昭和45年)のことだった。のちに美智子先生ご自身が、研鑽会誌創刊号1980年10月発行と会誌2号81年3月発行 に詳述されている。

News20220329_1523211977年(昭和52年)、桶谷式が一大ブームとなり始めた頃の桶谷先生と美智子先生 研鑽会誌創刊号と2号   桶谷先生は、多忙な診察業務の後に一人一人のカルテをご夫君庄蔵氏とともに検討して、母子一体性の原理を見出し、挿絵入り論文を何本も書き上げておられた。段ボール何箱ものカルテや論文を見せられた美智子先生は、鋭い感性の持ち主として、実際に乳房治療を受けた小児科医として、全国どこでもこのような母乳治療が受けられるように、助産師たちを鍛えなければ ‼』 と熱い思いを語る桶谷先生に共感し、長ーい旅が始まったのです。私は昭和51年10月から高岡通いを始めて住み込み研修も受け、「47都道府県に一人ずつきちんと手技ができる助産師を育てたい!」という桶谷先生のお言葉を耳にタコができる位聞いています。全国各地から講義と技術教習を懇願され、大会場で何百人もの助産師に研修させながら、漠然たる不安をお二人は感じていたのでしょう。桶谷を残すために、のちに小人数制、みっちり研修制度に代わるのです。

 Photo_20220401155501  Photo_20220401155502 1980年(昭和55年)4月 満開の桜のころに桶谷式研鑽会発会、水色の和服桶谷先生の左が美智子先生。

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カンパーイは1983年7月、アメリカのカンザスシティで開かれた国際母乳連盟会議に招待されて桶谷先生が無事講演とデモンストレーションを披露。お歴々と共に若輩の私もお供しています。桶谷は前途洋々の船だと誰もが信じていたころです。                  あれから幾星霜…研修センターの学校長も引き受けられた美智子先生は、毎年六月初めに開かれる総会で、良く通る美しい声で、来賓あいさつをされた。 私たちはただ頭を垂れておのが無知、怠惰を恥じるばかり。亡くなられる3か月ほど前に先生の論文集も完成しましたね。生涯努力と研究心を持ち続けられた美智子先生。先生の5人のお子様から曽孫さんまで、命は続きます。美智子先生有難うございました。安らかに眠ってください。

                                      


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きょう 私たちはみなウクライナだ

  国際社会が固唾をのんで見つめる中、ロシアがウクライナに軍事侵攻したのは6日前の2月24日!   まさかまさか軍事演習がそのまま戦車突入はないだろうとは安易な予測だった。ウクライナ第2の州ハリコフは、小型ミサイルで攻撃され幼児を含む市民の死者も多数出ている。
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ウクライナ危機をめぐって開催中の国連総会緊急特別会合で、今日 ジャマイカのラトレー国連大使は、同国の伝説的なレゲエ歌手、ボブ・マーリー(脳腫瘍のため36歳で亡くなった⁾の言葉を引用して演説した。きょう私たちはみな、ウクライナだと切り出し、「父親であり、母親であり、兄弟、姉妹であり、息子、娘なのだ」と述べて、ボブ・マーリーの名曲「ゲットアップ・スタンドアップ」を引き、「起き上がれ。立ち上がれウクライナのすべての人びとの権利のために」と締めくくった。

Photo_20220302145402このラトレー大使の演説が休眠中の私の脳を刺激して、京都の一般人に何ができるかと考えを巡らせ、とりあえず信頼できるところに寄付しようとADRA Japanのウクライナ緊急支援に送金した。ウクライナの現状に無関心ではいられない、ロシアの侵攻を何とか止めようと声を上げ続ける。ウクライナを出国して難民となった67万人余の人々のほとんどは女性、ご自分の意思で国に残った人々もいるが、18歳から60歳の男性達は出国を止められている。本当に今日  私たちは 皆ウクライナです。                 金沢の典雅な金箔張りの親王飾り、向かって右が殿は京風の飾り方です。ちらし寿司は毎年ですが、家族からはもっと薄焼き卵を沢山!とかてまり風のお寿司はどう等ご意見多数。金色の身を多数つけた橙、正月飾りにおもちの上に鎮座ましますのがダイダイでこのまま樹に置いておくとまた緑に戻るって本当?    2月最後の日曜日、家族が引きこもりの中高年(わたし)を気遣って、北野天満宮の梅林鑑賞に誘ってくれた。      ステルスオミクロンが脅威だし、午後1時からSGH財団主催のzoomによる「がんを予防するための最新情報」講演を見る予定だし…と渋っていたが出かけてよかった‼

Photo_20220302145501 Kitanobairinn

Photo_20220303051702 Photo_20220303051701  広ーい梅林は三分から五分咲位、白梅紅梅蝋梅、香しく、あでやかにつつましく見事な咲きっぷり。北野の天神さん学問の神様として信仰され祀られている菅原道真公(845⁻903)だが、901年に左遷されて大宰府に赴任し、2年後にそこで没した。その後、道真公は冤罪だったから怨霊になって藤原氏に祟っていると大きな噂が立ち、また当事者が相次ぎ亡くなったため,北野の地に神としてまつられた次第。zoom講演も素晴らしく医学は日進月歩なんてものじゃないですね、秒進分歩と感じました。

   

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新年ご挨拶 2022

皆さま  明けましておめでとうございます。昨年9月末の緊急事態宣言解除から、新型コロナ オミクロン株の席捲まで3か月の休息でした。皆様から今年もたくさんの年賀状を頂き感謝しております。この場を借りて厚く御礼申し上げます。

Hana-hiiragi  Photo_20220106083401柊の白、南天の赤、年末の大原と初詣の北野天満宮で撮影しました。恒例だったホテル大宴会は、仕事柄 今年もご遠慮。我が家のおせちテーマは巻き○○ニシン昆布巻き、ゴボウと人参の矢幡巻、鯛の龍皮巻き、だし巻き卵。自慢の柔らかい黒豆は30年来のレシピ、さび釘の代わりに鉄卵(ナスのぬか漬け用)を代用。ガスの火力調節に誰かがつきっきり、28日から取り掛かって30日朝に出来上り。ソフトニシンができて楽になったニシン昆布巻きも半日がかり。31日に田作り、カズノコ、紅白なます、菊花かぶ、サケのヨーグルト味噌焼き、養老エビを仕上げて蒲鉾を飾り切りしてお重に詰めます。端っこをつまんだり、味見と称してポイ!頻度が最も高いのは田作り、昆布巻きのニシン、黒豆は固いんじゃない?甘いんじゃない?味見頻度も高い。えっローストビーフと花びら餅がない❓予算縮小で本年は取りやめ。シャンパンを張り込んでいますしね。

Photo_20220106075801   Photo_20220106075802  初詣は、露店.屋台でにぎわう北野の天神様へ。名物に旨いものあり、長五郎餅ご家庭用を求めて家族で一服。

 Photo_20220106075803 Photo_20220106075901Photo_20220106093101春着は、毛馬筋の江戸小紋、帯は名古屋の青海波。ちなみに昨年の顔見世(やはり行きました)  着物は、小倉淳史先生の付け下げでした。疾走する虎に振り回されるか?人類の英知を見せる寅年になるか❓本年もよろしくお付き合いの程を!

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筆と硯 第73回正倉院展

もう1カ月も前になったが、晩秋の奈良国立博物館で開催された第73回正倉院展(10月30日⁻11月15日)を観てきた。ちょうど緊急事態宣言が解除され、なぜか新型コロナ感染者は激減、お出かけ安心感が広がって近鉄奈良駅から博物館までの登大路はベビーカーの親子連れなど人出がぐっと増えていた。見上げれば紅葉、生垣には山茶花 季節はゆっくり廻っている。

 Kouyou 20211121_080350ヒトとかかわる仕事を持つということは、流れ弾ならぬ暗闇からの石つぶてが頬をかすめたり、想定外の困難が降りかかるのは承知していたはずなのに…晴れて機嫌のよい日ばかりが続くはずもないのに、いざ嵐に近い土砂降りに遭遇すると心が挫けそうだった。6週間過ぎた今、やっと前向き思考になり、困難を乗り越えることは自分を成長させるステップだと思えるようになった。中高年になっても成長は必要らしい。  下書きのまま放置していた正倉院展ブログに取り掛かる気力も出てきた。昨年同様、今年も日時指定の事前申し込み入場券で混雑はわずか。

Photo_20211111073901   20211111_084145 

図録表紙を飾る螺鈿紫檀の阮咸(らでんしたんのげんかん)=丸い胴の弦楽器。拡大した槽の部分はとりわけ見事で、2羽のホンセイインコらしき鳥が旋回する様子がヤコウガイ、タイマイ等で華麗に装飾されている。会場内には阮咸の物悲しい音色がビヨーンビヨヨーンと響いて雰囲気を盛り上げる。    聖武天皇様(701⁻756]は、生母藤原宮子が彼を出産後に重度の心的障害を起こし、母の愛を知らずに成長された。即位後は地震.旱魃.天然痘大流行、長屋王 藤原広嗣の乱などが続き災難が度重なります。総て天皇の徳が足りないからにされてしまうご時世ですから、彷徨える天皇といわれるくらい遷都を繰り返して改善を試みるも全く効果なし。

Photo_20211216164401頼るは仏教のみ‼巨大な廬舎那仏を建立しておすがりしましょう‼  華やかに見えても聖武天皇さまの国庫はひどい財政難、東大寺を建てたり大仏様をおつくりする費用はどこからも出ない。ここに強力な助っ人現る‼ 民からの信望熱い僧 行基さま。彼が全国行脚して、大仏建立の意義を説き物資や人手を集めて回り、9年にわたる日本国あげての一大プロジェクトが始まります。行基さまは752年の大仏開眼を見ることなく没し、聖武様も東大寺と廬舎那仏を残して756年に崩じられます。

  Photo_20211111082801  Photo_20211214140701  天平の文房具セット、硯、墨、筆である。正倉院に唯一伝わる青斑石の 、硯をはめ込んだ六角形の床石と木製の床脚、多様な素材と技巧を凝らした古硯は世界でも例がないとか。漢字の風をイメージした硯は『風字硯』と呼ばれ、墨筆文化に寄せる天平人の熱い思いが感じられる。舟型墨は長さ22.2cm幅は約3cm、松脂を燃やした煤の松煙墨と煮溶かした膠を練り合わせ乾燥させた国産墨ですって…写経事業に使われた可能性大。

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筆管は竹、筆は長さ17㎝から21.6㎝、筆自体は中心に芯になる獣毛を立て、周りを紙で巻いてさらに数回にわたって毛と紙を交互に巻いて作られている。装飾性が高いこれらの筆は、有芯筆(巻筆,雀頭筆)と呼ばれる貴重な存在。様々な色に染めた未使用の紙100枚くらいを紙で包んだヒノキ製の軸木に巻いたもの、長さ28.5㎝×46.5㎝、五色紙と称された。

Photo_20211111083603_20211214141001   Photo_20211215135601

写経所に勤務する下級役人の文書12通をつないで1巻にまとめたうちの2枚。薄ネズ色の文書は、麻柄麻多麻呂さんがコメの借用を申し出て、20日後には稲を刈って精米して必ずお返ししますと。ちょっと切ない文書です。  もう1枚は、川村福持さんが若桜部朝臣梶取(わかさくらべのあそんかじとり) さんを写経所の校生に採用していただけませんかというお願い。知人か親戚の坊ちゃんを少しでも収入のよいところにお世話してあげましょうは勘繰りでしょうか。雲上人には雲上人の、庶民には庶民の苦しみがある。でもいつの時代も庶民は逞しく生き抜くすべを知っていますね。

 

 

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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気候危機

8月9日に公表されたIPCC(国連気候変動に関する政府間パネル)最新報告書を、国連のグテーレス事務総長は「これは人類に対する厳戒警報だ」と評した。産業革命以降、世界の平均気温は1℃上昇。海面水位があがり、熱波や豪雨、干ばつ、台風災害が頻発しているのは、人間の活動が自ら招いたものだと指摘。石油や石炭.天然ガスを使う便利な人間社会が、二酸化炭素を排出し続け、地球温暖化につながったという。

Photo_20210930073901  20210930_182809閑話休題、テーマが重いのでちょっと一息。叶 松谷先生の作陶展会場でさりげなく生けられていたザクロ、出展されていた抹茶茶碗の一つ、東海道五十三次のトロロ汁で有名な丸子の宿場がモチーフとか。気候危機に戻って、現在の生活を続けると、今後10年足らずでさらに地球の平均温度が0.5℃上昇する。気候変動というより気候危機というべき状態なのだ。生活に欠かせない冷蔵庫やエアコンもフロンガスをやめて代替フロンになっているが、強力な温室効果ガスなので地球温暖化の面からは問題がありそう…徐々にクルマの燃料もガソリンから電気に移行しているがまだまだ…我が家がタクシーをやめてバスや電車.テクシ―にしているのは、新型コロナが怖かったのと節約のため。美術館や博覧会で大量に買って配るクリア ファイルもプラスチックだから紙ファイルを探しましょう。気候危機に関しては、スエーデンのグレタ.トウンベリさんのように30年後の未来がかかる若者たちが敏感で活動も活発!

Photo_20210930081701  Photo_202109300820018月20日から9月12日迄で発出された4回目の緊急事態宣言が、9月30日迄延長されてやっと今日で終わる。増え続けた新型コロナ感染者数もなぜか、減少傾向になり経済を回せ❕の掛け声も強い。 濁った沼の魚のような、息苦しい緊縮生活を脱して秋を満喫したい、お出かけ日和を見て萩の寺常林寺に行ってきた。  朝7時 京阪出町柳駅で降り、階段を昇って川端通リに出ると、常林寺はすぐ東側、北には高野川と鴨川が合流する鴨川デルタが見える。学生のころや安サラリーの勤務助産師だった昔は、川端を歩いて河合橋―出町橋を渡り、出町の輸入食品店や商店街で楽しく買い物をしていた記憶が蘇る。

Photo_20210924132201  Photo_20210930081801   境内は秋のイメージ、庭いっぱいに咲き揺れる紅白の萩、ススキがありウメモドキが赤い実をつけ、木犀がつぼみ準備中、手入れの行き届いたお庭の美しさは息をのむばかり…音もなくホロホロと散る萩の風情、万葉集には142首詠まれていて、2位の梅を引き離し人気NO1だけある。常林寺には、お寺建立以前から祀られていた地蔵尊があり、世継子育て地蔵様として信仰されてきた。新型コロナ、不安なパキスタン情勢、気候危機社会を生きる、世界中の子供たちの未来を祈願してきた。

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行平鍋の中は,食べる輸血生ビーツ2個とローリエ1枚、火にかけて3分くらいでポリフェノールの一種ベタシアニンが溶け出して茹で汁赤く染まる。泥臭くなるそうで蓋はせず、ゆっくり120分茹でて、鍋のまま冷ます、タケノコ方式ですね。ビーツは、抗酸化作用がありアンチエイジング効果もあって良いことづくめ?冷めたらつるっと皮をむき、保存液=は米酢500ml砂糖50g、クローブ3個を沸騰させて冷まして漬け、冷蔵庫のドアポケットに収める。数か月大丈夫とか…お楽しみ。

 

 

 

 

 

 

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八月や

八月や 六日九日 十五日  小森白芒子(はくぼうし)など詠人多数 。六日九日は広島,長崎に原爆が投下された日、十五日は終戦記念日である。幼いころ、夏休みに預けられていた伊予大洲の亡祖父母は、終戦記念日のことを私にずーっと語り継いで聞かせた。暑い暑い日でね、水も食料もなくて飢え喝いて沢山の兵隊さんが亡くなられたのよ…そのおかげで、自分らが生きてゆけるのよ。忘れてはいけない!!小森さんには  国破れ 日輪焦土を 灼きつけるもある。最近あまり見かけなくなった朝顔,紅と紫の2鉢でベランダが明るくなった。Photo_20210813084501      Photo_20210813084502   東京オリンピック2020が閉幕し、期間中 選手たちにたくさんの感動をいただいた。新型コロナのデルタ株、ラムダ株の脅威を一時そちらにおいて、競泳女子2冠の大橋 悠依選手や侍ジャパンの応援に熱中した。しかし新型コロナの変異の凄さよ、はっと夢から覚めれば東京,大阪,沖縄は言うに及ばず京都ですら370人❕ 間違いではないよね…という爆発ぶり。勿論,一般人はできるだけ外出しないよう、昨年に続き、故郷の墓参りすら控えております。(ワクチン接種済みでも安全とは言えず、自粛続きでコロナれ、飽きているのも事実) Photo_20210813092701 照りつける陽射しの下、セミ時雨を聞きながら夏の恒例行事 梅を干す。  炎天下の梅干しも今年が最後か…つぶやきを聞いた家族の一人、【それは困ります、あの赤梅酢がないと酢ハスができない、手伝います。】   エビラザルの梅を返したり、ホーロー容器の赤梅酢を煮沸したり、色々やってくれます。

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キュウリとみょうがの混ぜお稲荷さん。暮らしの手帳3回目の登場でテイクアウト用に今年初めて作ってみました。どこがお稲荷さん?   実は,お米3合に,チリメンジャコ50g、白ごま大さじ3杯、5㎜角に小さく切って煮含めた稲荷揚げ6枚が入っています。マグロには見えないか…みょうがは甘酢に前の日からつけて準備、キュウリ2本は、薄切りで海水くらいの塩水に5分で搾ります。途中 甘酢ミョウガを試食した1人が「すっぱーい、私のはみょうが載せないで!」実際仕上げてみると、ミョウガとキュウリのバランス抜群、美味しいと大好評。いつものあればかりでなく色々チャレンジしてみるものですね。家庭料理は材料を無駄にできないので、新メニュー開発には限界があります。3年ほど前、マーボーナスが人数分しかないのに、ピンポーン!急に食べ盛りが2人増えた。窮余の一策はたまたま冷蔵庫にあった木綿豆腐1丁を1.5㎝角に切って足し、マーボー茄子豆腐に化けさせた処、思いがけず美味❕。今ではマーボー茄子豆腐で初めから作っています。

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今日はお盆の13日、苧殻のお迎え火もなし、ご先祖様がお帰りになる16日の五山送り火も自宅から出ない方が良いとか。えっ私ですか、例年通り」仕事場でレポート書いたり考えたり…静かな夏休みです。

 

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親性脳 (おやせいのう)

親性?母性.父性.親性とくれば何となくご理解いただけるだろうか?      つい1ヶ月ほど前の6月19日(土)ワコール乳房文化研究会主催の「コロナ時代が変える出産.授乳.育児」zoom セミナーに参加した。講師のお一人明和政子教授は、演題「科学の視点からヒトの育ちに必要な条件を考える」で、今回も共同養育には、父親参加が不可欠と近年の「親性脳」研究成果を述べられた。   簡単に言えば、親性脳とは育児場面でよく使われる脳内ネットワークのこと。 育児について特徴的に活動する脳の働きを、「親性脳」と呼ぶことを明和教授グループは提唱している。

  Photo_20210715074701  20210627_111136何とヒトの大脳皮質が成熟するのは25歳ごろですって!!明和先生の共同養育論を初めて拝聴したのは、2016年の助産学会、京大時計台記念館で「周産期からの発達支援を目指して」と地味な題とは裏腹にアフリカ.バカ族の共同養育、赤ちゃんヘルメット(失礼)装着で、乳児の聴覚視覚を科学したオキシトシンは凄いを鮮やかに解き明かされた。                                        今回の研究手法は、①妊娠20週未満のパートナーがいる父親群と、子を持つ予定なしの統制男性群各36名が被験者。fMRI 内で育児に関する動画と関係ない動画2種ずつを提示して強く活動した脳領域を調べる。  ②参加者の唾液を採取してテストステロンとオキシトシン濃度を測定   ③育児に関する心理.行動特性インタビューした。  結果は、父親群統制群ともおむつ交換や乳児との遊びの動画に親性脳領域が強く反応したこと、もう一つは、島(とう)と呼ばれる脳領域に差異が出て、父親群はパートナーの妊娠初期から親性能が発達し始めていた。個人差がかなりあることは否めない。  Photo_20210716155401将来の美少女Aちゃんは第3子、生後まだ45日、母乳ですくすく育つ大物です。Aちゃんに見つめられ遊んでほしい!抱っこ大好き!と訴えられたらNO!は言えそうにない。父性も母性も親性も超えた人間性に訴え、ヒトの未来を明るくするこの表情。当院外来で母乳育児中の新米.ベテランママ達には必ず協力的なパートナーや地縁血縁、赤の他人応援団が存在する。母乳をあげられるのはママだけの、期間限定の特権だから、パートナーはじめ応援団は、メンタルヘルスケア、家事、上の子の送り迎え、経済面などで協力を惜しまない。 思い起こせば、恩師桶谷そとみ先生の泉南の外来を、文化人類学者ダナ.ラファエル氏(1926⁻2016)が表敬訪問されたのは33年ほど前のこと。ラファエル氏は、学者としてアジア圏やアフリカの子育てを調査研究し、自らの苦い子育て経験から、ドウーラ(ギリシア語で奴隷の意)の必要性とマザーリング.ザ.マザーを唱えた。著書「母乳哺育」や「母親の英知」は私も持っている。若い私たちは、ラファエル氏に容赦なく質問を浴びせ、「ドウーラは、奴隷の意味だが性を問わず、母親を優しくマザーリングするヒトたち、マザーリング期間?一人ずつ違うわ、長い人もほんの短期間の人も…」まさに温顔慈母の表情で答えられた。

Photo_20210717121701 Photo_20210717145401 京の7月は祇園祭一色、疫病も梅雨も新型コロナも全部吹き飛ばして、生きぬく力を出そう❣というわけで、今年は四条通周辺4基の鉾が立ちます。7月11日、鉾立の伝統技術継承をとクレーンも使って長刀の土台ができてゆく。15日、市バスと競争するようにそそり立つ長刀鉾。籤とらず巡行一番の長刀鉾などお稚児さん(小学生男子)の食事作りまで男性が担当、八坂神社への社参もお馬さんからお供まで全部男性、女性は鉾にも上れなかった…まぁまぁ京の女性は寛容ですから波風立てず、1000年以上も祇園祭は続いている。女性ばかりに育児を担わせず、男性参加はありがたいが頑張りすぎて男はつらいよ、にならないようほどほどに。                                            

1_20210715153301    15函谷鉾も11日土台作り、15日にはこの威容、函谷鉾の由来は,中国の春秋戦国時代 孟嘗君が間夜中に秦から逃れる際、鶏鳴しないと函谷関は開かない…追手は迫る!何のとりえもないと思われていた食客の一人が鶏の鳴き声を発し、それにつられて本物の鶏鳴が始まり函谷関が開いた 危機一髪逃れた鶏鳴狗盗の故事による。新型コロナは第5波に入ったとか…オリンピックはお家で見ようね、もうすぐ梅雨明け、蒸し暑い京の夏は免疫抵抗を強くして一緒に乗り切りましょう。

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プロティアの夏

ちぐはぐな1日だった…コロナ禍での助産師外来は、重症乳房トラブルの方が多く、薄氷を踏む思いのcareだったが,やっと一安心。最近は、うまくおっぱいを飲めない赤ちゃんたちも多く、この日も生まれて4週間以上経過して、母乳を飲ませたい母親と反り返って泣き叫ぶ赤ちゃんカップルが初診で来られた。どのような対応をすれば良いかと思い悩むことばかり。ちなみに、うまく飲めない赤ちゃんは、後頸部をママの方に押し付ける含ませ方はお勧めではありません。どんな抱っこが合うのかの他に SNS(supplemental nursing system)も用意して、何が適応なのかご一緒に考えてまいります。

Photo_20210618071201梅雨空のような重い気分を変えるのはドーンと豪華にショッピング、私の場合はちきりやガーデンで花を買うこと。     ため息の出そうな胡蝶蘭やオンシジューム、大輪のバラに迷っていた時、ショーウインドーの下段から堂々たる王者の風格の花に呼びかけられた気がした。プロティアロビンとの初めての出会いだった。何の迷いもなく5本求めて、プロティアだと名前を教えてもらい、花束抱えたころには、気分はもはやウキウキ、さあ、明日も頑張りましょうとなっています。

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ザルは実山椒、枝から外して塩少しを加えた熱湯3分、冷めたら保存袋に小分けして冷凍します。自家製ちりめん山椒にも初めて挑戦、怖いもの知らずで、冷や汗ものでしたが何とか格好がつきました。南高梅が高い!!梅酒、梅ジュース、梅酢、梅干し用と15㎏を求めて加工完了。梅干しは重しを減らし毎日ご機嫌伺が必要、あとは赤しそを入れて土用の天日干しまで気が抜けません。

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六月を綺麗な風の吹くことよ  正岡子規(1867-1902 )  子規がこの句を詠んだのは,1895年、日清戦争の従軍記者として中国にわたり、船で帰国途中に喀血し、神戸の須磨で療養していた時だった。病気の不安や梅雨の湿っぽさなどみじんもなく、ストレートに六月のきれいな風を賛美して、心に弾みをつけている。今年は早い梅雨入りだったが中休みも多く、公園にはガクアジサイが咲き、藪中に白のホタルブクロもあった。1年の前半を無事に過ごせたお礼とあと半年、よろしくお願いいたしますが茅の輪くぐりで、京の神社はたいていのところで、夏越しの祓を受け付けている。6月20日には長かった緊急事態宣言解除、蔓延防止へと移行予定。宣言解除で新型コロナ感染爆発なんてことがないよう、神仏にもおすがりする思いです。人類は体内免疫を総動員して、コロナを落ち着かせられるか。東京オリンピック後にはどうなるのか、気がもめることです。

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若葉雨   武田一子先生を偲ぶ

 若葉雨 なにかやさしく ものをいふ 西島麦雨(1895ー1981)  若葉雨の今日5月5日はこどもの日、5年前のこの日 原稿を書きながら亡くなられた武田一子先生のお命日でもある。

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GWも今日で最後、珍しくやる気を出して早朝から自室の本棚を整理、一晩で読める文庫や雑誌はためらわず捨てる箱に放り込めるが、愛着のあるディック.フランシスの競馬シリーズや須賀敦子のイタリア物、池田晶子のソクラテスはどうしても捨てられない。写真アルバムもスキャナーで読み込んで捨てれば…とアドバイスをいただいてやっと2000年までを終えたが写真は残している。

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赤いジャケットとひざ丈スカートの武田先生、1992年12月3日、嵐山嵯峨野巡りを楽しんだ時のスナップ。嵐山には名残りの紅葉が残っていて「温暖化のおかげかね」と顔をほころばせられた。豪華ジャケットにパンツスタイルが先生の定番だったが、スカートもお似合い。落柿舎近くの神社でおみくじを引き神妙なご様子。

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武田先生は助産師学校が京都で私の大先輩、学生時代の講師でもある。京都がお好きで摘草料理の大原美山荘や八坂神社近くの未在のような高級料亭だけでなく、四条大宮近くの定食屋も愛しておられた。本棚バックに身を乗り出して真剣な表情で聞いておられるのは、「ダイオキシンの話」、ダイオキシンと母乳が大問題になって、1986年6月22日 私の助産院で摂南大学宮田先生をお招きして講義を受けたときの1枚。仕出し屋からの弁当を残さず頂いた後、庶民の定食屋もという健啖ぶりであった。

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1999年7月 桶谷創立から苦楽を共にしたメンバーズ5人で北海道を旅した。創立からのメンバーはもっと多数だが、体調がよくなかったり桶谷先生の勘気に触れて連絡も取れない数人もいた。北海道は初めてではないが、会議会議で時間に余裕がなく、空港とリムジンバス、ホテル会議場の記憶しかなく「来た、見た、帰った」と自嘲気味につぶやくしかなかった。今回の旅は仕事全くなし、函館から入って函館山、小樽の石原裕次郎記念館、、小樽運河、トラピスチヌ修道院とゆっくり巡って心に残る旅となった。

Photo_20210505061601 これは鳥取.島根の旅ですね、チューリップ畑や小泉八雲邸の時のジャケットですね。時々このコロナ禍、武田先生ならどんな決断をされただろうと考える。先生の70代以降は桶谷で多忙を極め、持病で検査入院される時もあったが、病気や不調は徹底して口に出さなかった。フラっと京都に来られ、新阪急の鉄板焼きロインで200gステーキを楽しみ、愛煙家で食事中もスパスパ煙草を吹かす姿は堂に入っていたが、アルコール類は梅酒と赤玉ポートワインをなめる程度、あたりを威圧するオーラの持ち主がアルコールを勧められると困惑しながら「飲めないんですよ…」とお断りになる姿は可愛らしい雰囲気であった。 

5月10日過ぎれば、昨年新型コロナで亡くなったTさんご夫妻のお命日が来る。上京するたびに、銀座空也の最中を買っておいてね、武田先生を偲ぶ会場に連れて行ってねとアッシーさせた年下の友人ご夫妻であった。悲報を聞いたのは半年後、唖然茫然…謹んでご冥福を祈るのみ…  やっと私どもも、6月末には2回の新型コロナワクチン接種が終わると予定が立った。コロナワクチンには賛否両論あり、副作用も突然死も百も承知、他人に強制はできないが、医療従事者である私はマスク手洗い、換気以外に自分にできる事として接種したい。

 

 

 

 

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