紅梅白梅

厚労省が2月26日に発表した人口動態統計の速報値で、2025年の出生数(外国人も含む)は70万5809人であった。2024年に前年度出生数75万8631人、過去最少となって「少子化を考える」をこのブログにあげた。

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2年前のその記事では、厚労省は出生数が70万人を割るのは2035年とみていたとある。この10年、少子化の加速は止まらず打つ手なし?途方に暮れている感がある。私たち助産師には、何ができる?

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コンクリート壁の傍ら、雑草状の草は、韋応物(736-791)の五言古詩「幽居」の知らず春草の生ずるをにかけた。

 出門皆有営   門をいずれば皆 営むあり   

     獨無外物牽   独り外物の牽くなくして

 遂此幽居情   この幽居の情を遂ぐ                           

    微雨夜来過   微雨 夜来過ぐ

不知春草生   知らず春草の生ずるを  

後6行ありますがここでカット。韋応物は楊貴妃で知られた玄宗に仕え,州の勅使などを長く務めた。彼は市井喧噪の中に住みながら、心中では 心は隠者の願いがあった。

Photo_20260227124901   Photo_20260228161901 Photo_20260227124902 これから子供をと考える方たちも、妊娠中から産後まで、何もかも完備されていてお支払い不要です、至れり尽くせりを期待しているわけではない。もう一歩を踏み出せないその気持ち、 あなたのそばには助産師がいますからいつでも声をかけてください。 パートナーと協力してもよし、シングルでやってみるもよし、子育ては楽しいことばかりではないけれど、やりがいがあります。その一歩を踏み出してみませんか

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仏事のため、大阪南港を夜10時に出航して、愛媛の東予港に朝6時到着のオレンジフェリーに乗船した。東予で降りて、車で高速を走り、時々山道を走っていると山桜が咲いていたりする。

午前中に無事、仏事を終えてまた高速に乗り、 休憩したりお土産を求めたりして、善通寺市に入る。前も来たことがあるのに

金比羅さんのことばかり書いて、弘法大師様のことをすっぽり抜かしておりました。「心暗きとき、すなわち遭うところことごとく禍なり」の名言で知られる空海様(=弘法大師)(774-835)出生の地として、善通寺は有名。

宿泊した紅梅亭は行き届いたおもてなし、温泉もよいが、お食事も素晴らしい。フォアグラ味噌チーズ茶碗蒸ってj初めてのお味、絶品でした。

 

 

 

 

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春を恨んだりはしない

Photo_20260125080601 Photo_20260127160601  予報通り、京都市内は時々雪が舞うがそれも長くは続かず、うっすらと積もってもすぐ消える。  この季節 サザンカが咲き、冬空に小さな蕾を準備している白木蓮が 花咲く春を待っている。木蓮を見上げて、ざわつく気持ちを抑える。1月17日で1995年の阪神淡路大震災から31年が経った。昨日のことのように混乱し辛かった震災の記憶は残っているが、少しづつ風化してゆくのが自分でもわかる。

阪神淡路から16年後の2011年3月11日、東日本大震災は発生した!! 詩人の池澤夏樹氏は、何回も震災現場に足を運び、「春を恨んだりはしない 震災をめぐって考えたこと」を出した。春を恨んだりはしないは、ポーランドの詩人で1996年にノーベル文学賞を受けたヴィㇲワヴァ.シンボルスカ(1923-2012)の「終わりとはじまり」の眺めとの別れにある。

またやってきたからといって春を恨んだりはしない

例年のように自分の義務を果たしているからといって

春を責めたりはしない

今年も1月5日の仕事始めから、赤ちゃんや若いお母さまたちとの新しい出会いがあり、喜び多しの助産師業、なかなか良いものですよ。

Minokititukidasi_20260125094901   20260101 Photo_20260128072601 美濃吉の新年会を心待ちにしながら、冥界に旅立った身内のために遅ればせながらこんなお料理だったよと載せますね。海老の白みそお雑煮大好きな鰻ご飯もあります。

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うふふ、これは万葉軒スタイルのコーンポタージュとデザート、コースだけでなくフォアグラまでお頼みして満腹満腹。

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固い本が読めなくて、夢枕獏さんの「陰陽師」、安倍晴明は京都が本場、上京に清明神社まであります。コンビの博雅が吹く葉二つの音色まで聞こえてきそう。

そうそう、シンボルスカの春を恨んだりはしないはこう続きます。

わかっている  私がいくら悲しくても

そのせいで緑が萌えるのが止まったりはしないと

草の茎が揺れるとしても

それは風に吹かれてのこと

生きているものの務めです、さあ今年も元気を出して、 前に歩き出しましょう。

 

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師走 2025

京の師走のお決まりはまず先祖供養、お寺様に有難いお経をあげていただく。我が家これはマル。昔は,町内一斉に畳をあげての歳末 大掃除もあったが、最近はトンと聞かない。又15日までに錦でおせち用の棒タラや、ごまめ、数の子、昆布巻き用の干シニン、丹波産黒豆を確保したのも10年以上前のこと。食品の専門店は錦に まだあるが、生き残りをかけて大変換中、私どもはデパートの地下で、年越し準備をしている。

2025_20251207165501  Photo_20251207165601ほどほどの忙しさの助産師業なので、忙中閑あり 息抜きは南座顔見世で決まり、今年は八代尾上菊五郎と六代目尾上菊之助襲名とあって前評判も高い。チケットは9月からお願いして準備万端整えました。

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観劇の前に花傳さんで昼食,箱盛はゆず風味天盛イクラ、栗 銀杏等とお刺身、次にむかご饅頭これは初めていただくお味。

天ぷらの次は、朴葉焼 牛肉からペゴロス玉ねぎまで美味でした。

Photo_20251207165703今年は薄紫の小倉淳史作の付け下げ、濃紫のたつむらの帯を合わせております。いよいよ開幕、「寿 曽我の対面」鎌倉時代の話で、弟 :曾我五郎時致(愛之助)、兄 :曽我十郎祐成(孝太郎  )が実父の仇の工藤左衛門祐経(梅玉 )を討つ話。エッ血なまぐさい話がなんで おめでたいと恒例顔見世や正月上演に??  それは工藤が源 頼朝に気に入られ、出世街道まっしぐら、自分の屋敷に梶原景時、景高父子など諸大名を招き、傾城の大磯の虎など美女軍もそろっておめでたい言葉で寿ほぐことや、祐経 様 兄弟の父を討った時の様子を 色々語って,打たれる覚悟を決めたこと。兄弟に富士の裾野の巻狩りの通行手形を与えてめでたしめでたしとなります。

口上は仁左衛門に始まり十三人うち揃い、勿論 今回襲名の菊五郎も菊之助も思いを述べました。

菊五郎の弁天小僧もきれいで楽しく拝見。中入りの楽屋Photo_20251208145101 弁当は勿論「ちもと」、一品づつ仕上げた野菜はシュフのあこがれ。良い一日でした。

長くICUで気管内挿管、ドレーン各種で麻酔下にあった身内は、11月末 他界致しました。病苦から解き放されて 、今頃は荒れ狂う冬の海を易々 越えていることでしょう。安らかな眠りであれと願っております。

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第77回正倉院展  蘭奢待

 季節が目まぐるしく移って、朝6時の出勤時はコートから出る手が冷たい。肉親の一人がICU管理になって2週間、気道確保のために肺ドレーンが挿入され 、ずっと麻酔下にある。面会に行って耳元で話しかけても言葉は帰らないが、本人は生への希望を持っているのであろう。

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そんな中、今年も第77回正倉院展に行き、なんだか疲れ切って帰ってきた。752年に聖武天皇悲願の東大寺の大仏が完成し、4月9日に巨大な筆(この筆も今回公開)を用いて大仏様に目を入れる開眼会が行われた。その4年後、聖武様は崩御され、光明皇后が遺愛の品々を七七忌に大仏に献納された。その遺愛の品々目録が国家珍宝帖であり、少しづつ正倉院展で公開されている。

瑠璃色のグラスは、高さ11.2cmの瑠璃坏。材質はアルカリ石灰ガラス、着色剤はコバルト、22個の円環を張り巡らせたこのグラスの産地は今だでシリア、エジプトではなさそう、もしかしてウズベキスタンかと想像を巡らせる。

今回の目玉の一つ、黄塾香はむしろ蘭奢待という名前が有名。足利義政が1465年に織田信長が1574年に明治天皇が1877年に切り取った跡が紙片に残されている。大好きな古文書もあまりあまりの群衆ぶりに恐れをなし、さーと通る。予約日時指定でこの混雑。更に展示ケースを白い布で拭く係員も気になって、集中できない…来年はどうするか、一寸先もわからないのに来年なんて鬼が笑うか

 Photo_20251120075801Photo_20251120174801病院の帰りに梅田の来年は3番街で台湾茶セットをいただく。ほっとする優しいお味でした。大阪は活気がある街、気のせいか食べ物も安い。

嬉しいニュースが一つ、2026年4月から無料で妊娠中のRSウイルス母子免疫ワクチン接種が始まる。今、1から2か月の赤ちゃんを持つ方々が、自己負担で接種されて、「赤ちゃんの安全には変えられません」と胸を張る。少子化加速がとどまらない現在、母体免疫で新生児、乳児の罹患が大幅に減少すると期待される。

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夜静かにして群動やみ 王維とヘッセ

   今年も猛暑で、お彼岸を過ぎても日中は30℃を超える日が続く。イスラエルとハマス、ウクライナとロシアetc、世界中で紛争が続き暗いニュースばかりで暑さはさらに増す。嬉しいのは,坂口志文氏と北川進氏がノーベル賞を受賞したこと、お2人とも30年位前の研究で、受賞までが長かった。京都ゆかりのお二方、本当におめでとうございます。

Photo_20251010123101  Photo_20251010122902 Gotisou-2    Photo_20251012092002  10月が誕生月の私は、美濃吉新阪急 で家族とお祝いの会をしました。新調したライトグレーの塩沢紬の単衣、帯は焦茶の更紗、ケーキのローソクを吹き消すタイミンを今か今かと待っております。さすが美濃吉、お通しのごま豆腐にまで神経が行き届き、八寸の緑の銀杏ももうれしい。 この年までに何回も大病をし、心折れるような辛い思いも数え切れない位したが、周囲の支えで何とか超えてきた。中国産の松茸とハモの土瓶蒸しは、写真を取り忘れたくらい美味しかった。ハッピーバースデイ!生きていることはそういうことですね。

Photo_20251010125901  Photo_20251010130902Photo_20251010130901 翌日の日曜日は、出町柳の常林寺へ。静かな境内には誰も居ず、薄紫の宮城野萩と白花萩、金木犀も蕾を整えて、ススキまで揺れていた、

 ヘルマン.ヘッセ(1877-1962)の詩は盛唐の詩人王維春夜竹亭贈にそっくり?

ヘルマンヘッセ(富士川秀郎訳)

時折鳥が鳴き   風が小枝を渡り   犬が遠い農家で吠えると   私は黙ってじっと耳をすます   すると私の魂は戻ってゆくのだ   忘れられた千年の昔   鳥や吹く風が   私と似て 私の兄弟であった時まで 

あたりが静まると小さな物音がかえって静寂を際立たせ、心を永遠の彼方へ運ぶ、東洋的心境をヘッセは見事に描いた。

王維(701-761)は当時としては、珍しく大過なく勤め上げた官僚で、詩人であり画家であり音楽家でもあった。

 錢少府歸藍田   銭少府の藍田(らんでん)に帰るに贈る  王維

   夜靜群動息  夜静かにして群動息(や)み
   時聞隔林犬  時に林を隔てて犬声を聞く
   却憶山中時  却って憶う 山中の時
   人家澗西遠  人家 澗西(かんせい)に遠かりしを
   羨君明發去  羨む 君が明発に去り
   采蕨輕軒冕  蕨(わらび)を采(と)って軒冕(けんべん)を軽んずるを

ヘッセの忘れられた千年の昔の心境を、王維はたった十文字で表した。春の夜、すっかり物音が絶えて

時々、向こうの林を超えて犬の鳴き声が聞こえる……銭少府さんは、官を辞しワラビを取って田舎暮するたするために去るとは、羨ましい限り。(あぁ 私はいつそんな境遇になれるだろう、まだまだ宮仕えは続く)

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10月11日のABEMA TIMESに「母乳信仰」「母乳育児の厳しい現実 」が母乳があまり出ない母親を苦しめているに、専門医の水野克己Drが母乳よりも抱きしめれば育つ」と大胆な提言をしておられますね。

私が特に問題と思うのは「3カ月位までの赤ちゃんは、必ず自分で吸いに来る。吸わせようとすると、押し付けられた赤ちゃんは嫌がる。しかし、普通に抱っこしていれば、自分で吸い付いて痛くなく深く吸ってくれる」とのご解説。

残念ですが、今苦しんでおられる産後のママに申します。3カ月も抱っこだけしていても母乳を深く吸うことは無理です。

可能なら1日24時間で4~5回搾乳して、50ml/日の分泌量を保ちましょう。50mlはとても無理な方は、搾乳で滲むだけでも保ちませんか。抱っこと簡単に言いますが、3カ月の赤ちゃんは5㎏以位、素直に抱っこしてくれますか?

そんなに待つよりも1カ月健診くらいで、是非、お近くの助参院で苦しみを吐き出してくださいね。きっと力になってくれますよ。

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変らない為に変り続ける

  暑中お見舞い申し上げます。 大暑の昨日も頭上のニイニイゼミ大合唱を聞き、お寺の屋根から大輪のひまわりが顔をのぞかせているのに驚き、足元のホウセンカにも目を止める。蝉は地上7日間で子孫を残せるか、ニイニイ蝉の次はミンミンが鳴き、関西ではクマ蝉の前に油蝉もありますね。

Photo_20250723130102 Photo_20250723130101庶民は『暑いですねー」と言いながら、結構毎日を楽しんでおります。本業は何とか意欲を失わない程度に忙しく、家事はまあぼつぼつ‥京都では夏の代表的おかず、ニシンナスは少し進歩して60点くらい、今年初めてチャレンジした牛肉の時雨煮はまだ55点位か。

Photo_20250721133802Photo_20250721133801タイトルの『変らない為に変り続ける』は禅問答みたいですが、出典は意外に浅く、松尾芭蕉様(1644‐1694)の「不易流行」です。芭蕉様は「奥の細道」を旅して俳句の概念として『不易を知らざれば基立ちがたく、流行を知らざれば風新たならず』と述べた。不易ーいつまでも変らない本質と、流行ー新しく変化してゆくものを取り入れる事の両方が必要だという意らしい。 私が「変らないために変わり続ける」を初めて知ったのは、福岡伸一ハカセのアメリカ留学記だった。福岡ハカセの「動的平行」の生命現象も著名ですが今回これはスルーで。

  Photo_20250722193301  Photo_20250722195301   千年の古都 京都の祇園祭は、7月1日の切符入りに始まって31日の疫神社夏越祭まで1か月のロングラン、7月17日の山鉾巡行はその華。今年は降りしきる雨をものともせず、私も巡行をまじかに観る幸運に恵まれた。籤とらずの長刀鉾に始まり、23番の船鉾まで籤改めの見せ場他では観客が沸いた。用意されたベンチに座って頭から雨除けのレインコートを被り、目の前を山が鉾が通るのを観る臨場感は、何とも言えない。長刀のお稚児さんは美しくて立派,禿二人も息ぴったり。この祇園祭の始まりは平安時代の貞観11(869)年、 その数年前に富士山大爆発やこの年の東北地方の大地震→疫病大流行まで災厄が襲う。たまりかねた朝廷は牛頭大王の祟りを鎮めようと、当時の日本国の国数66本の幡を神泉苑に立てたのが始まり。千年以上も続く祇園祭は伝統だけに縛られず、コロナ時の2年中止や本能寺の変の11月開催もありで 、形式を変え、人も物も変りながら新しく見送りを新調し、山や鉾が増えたり休んだり変化し続けている。

Photo_20250723142003Photo_20250723142002Photo_20250723141502 こちらは菊水鉾、7月13日から16日のお茶会には、たくさんの方が気軽にお薄をいただいている。

 20250713_134401 20250713_134905 Photo_20250727102601 絽の夏大島に波霞の夏帯、小千谷の長襦袢で汗もなし、と強がっております。26日(土)はZOOMで助産師会の安全研修が2時間余開催された。この時期3日3晩の梅干しをしているので、夕立を気にしながらお勉強、作り置きのラタトゥユに最近出回るようになった国産牛タンと、味噌漬けのタラを焼いて、からし豆腐、到来物のかぼちゃの漬物、ビールを炭酸割という献立です。

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姪孫(てっそん)君が来た

待ちに待った姪孫(てっそん)君は予定日を10日過ぎて、5月末に3000g超で無事誕生しました!  いやぁ、待つも楽しというよりは〈どうぞ母子とも無事でありますように、五体満足なら何の不服も申しません〉大丈夫だよねとハラハラドキドキでした。可愛い大物君を姪孫と呼び、彼から見ると私は大伯母になるとは今回初めて知った。急激な少子化で落ち込む中に、彼の誕生は周囲を明るくするニュース、その後もどんどん成長しているので会える日を楽しみにしている。   

Photo_20250612080901今年の京都の梅雨入りは6月9日、梅雨はシトシトジメジメで琵琶が実り、アジサイやホタルブクロが似合うイメージですが、今年の梅雨は大暴れ、翌日には滝のような豪雨で賀茂川や桂川の水位はグッと上昇していた。この季節は週末ごとに所属団体の総会が2つ、そして小梅のカリカリ漬に始まり、調理用の梅酢(3か月後に漬け終わった梅の実も美味しい)、赤しそジュー梅ジュース。梅干しと梅仕事が待っている。

Photo_20250616130201 Photo_20250617171601 KoumePhoto_20250612194202梅雨の干ぬ間というより梅雨明けのような先日、嵐山の森嘉へ。桂川の水位も低く、渡月橋は珍しく観光客も少ない。紫式部様ご縁の嵯峨釈迦堂のすぐ近くにある森嘉の嵯峨豆腐は勿論、お気に入りは厚揚げとひろうす、軽く焼いて大根おろしや新生姜でいただくのも良し、薄味で煮るもよし、家族中大絶賛です。

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家族の一人が6月に誕生日を迎えるを口実に、今回も新阪急ホテルの美濃吉さんへ。

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プロが心を尽くし技を尽くした料理の数々、口福の極みでした。会議用の私の装いは、一本どっこと愛唱されている小千谷の単衣紬、帯は白地の夏の花です。

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旅は良いもの(2) 讃岐の金比羅様

  世界中の人々の憧れ京都にいても、たまにはお出かけしたい! 行って来ました 讃岐の金比羅様へ。

Photo_20250501120701 Photo_20250501155601Photo_20250505172601かの吉田兼好さまも、「徒然草」第15段で『いづくにもあれ しばし旅立ちたるこそ 目さむる心地すれ』 兼好さまの時代は目的地までほとんど徒歩、道中の苦労には全く触れず、目的地に到着した喜び爆発です。当方、高速のサービスエリアで讃岐名物のうどんをいただき、美味でございます、さすがと大満足。  金毘羅さん周辺地図と象頭山(大権現がある山)風景、そして現存する日本最古の芝居小屋、国の指定重要文化財にもなっている旧(金毘羅大芝居)金丸座です。訪れたときは、ちょうど金比羅大芝居の最中、観客と舞台の役者さんの距離も近い 是非一度は足を運びたいもの。

Photo_20250505121101 20250420_090417  Photo_20250506071901  初めに観光案内所で どこから登ればラクかと聞いて、資生堂パーラー神椿まで車で行って駐車、金毘羅様の本殿までは785段  その300段を省略、滑らないよう竹の杖もありますがこれは不要。

 20250419_134732Mihoご神体は大物主神(オオモノミコト)別名、大国主命(オオクニヌシノミコト)因幡の白兎 ーワニをだまして川を渡ろうとして皮をはがれた兎ー を救った優しい神で、農業殖産、医薬、海上守護と何でもござれです。美細津姫は大物主神様の最後の后だそう。また、1156年の保元の乱で後白河法皇軍に敗れた崇徳天皇(1119⁻1164)もこの地で崩御されたので讃岐院と称され、御祭神としてまつられております。水分を補い足を休めて 休み休み行きけりで、何とかご本殿と美穂津姫社に参拝できました。

Photo_20250502133601咲き始めた山藤に慰められつつ、神椿でいただいたアイスティがこの上なく美味しく、イチゴクリームもみな洗練された味でした。泊まった紅梅亭のもてなしのやさしさ、ロビー2階には金毘羅大芝居の歴史を語るポスターがたくさん飾られていて、またまた琴平良いとこです。期待の温泉は柔らかな泉質で言うことなし。

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紅梅亭の夕食のほんの一部、豪華なお刺身群、風呂吹きダイコンにポルチーニ茸チーズかけ(これはもう御免) 名物鉄板焼き等々。温泉のおかげで肌が艶々して気のせいか首のしわの伸びたような……何のことはない体重がドーンと増加しておりました。琴平町、また行きたいな。

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花散らしの雨

五条大橋を左折して川端通りを北に走ると、賀茂川の岸辺は桜と柳の競演だった。通勤途中の四条大宮駅界隈の桜は咲き始めていて        あぁ今年も桜の季節になったのねと少し感激。家族の一人の誕生日が四月、祝う会迄に2時間あるからと、賀茂川沿いをゆっくり走って桜を堪能した。新型コロナのおかげ?で吉野の 桜にも会え、原谷にも行って桜を満喫した。

Photo_20250410072602 Photo_20250410072601私たちは、昨日と同じ明日がまた来ると暢気に桜の開花を待っているが、パレスチナ対イスラエル、ロシア対ウクライナ、シリアやスーダンの内戦等々 世界中で戦争.紛争状態が続いている。更に3月28日にミャンマー中部で発生したマグニチュード7.7の大地震、犠牲者は3500人超えで悲惨な状態。どこに支援すればよいのか、疑心暗鬼。更に更にトランプ大統領の相互関税が連日ニュースになっていてこれって四面楚歌?  いやそこまでは行っておりません。

庶民は笑って過ごすより他なし、美濃吉新阪急の守田調理長の凄腕を楽しみに誕生日会へ。

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ここには5品しか挙げていませんが、まだまだ炊き合わせもあり、筍ご飯に桜エビを炊き込むという発想は森田調理長しか出せませんね。

美味美味美味、良い誕生会でした。

Photo_20250410072702Photo_20250410072701京北町の弓削川の桜にも会えて、花散らしの雨が来ても思い残すことなし、です。

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現代は女性兵士もいるが、唐の時代は男子のみが戦場に駆り出されていました。
見も知らぬ辺境に派遣され,首を長くして伴侶を父を兄を弟を待っている家族に生きて会えるのは、ほんのわずかな戦士だけ。盛唐の詩人 王翰(687-726) 様の 涼州詞 を紹介します。 


涼州詞    王翰
葡萄の美酒 夜光の杯          ぶどうのびしゅ やこうのさかずき 

飲まんと欲して琵琶 馬上に催す    のまんとほっして びわ ばじょうに もよおす

酔うて沙場に臥す 君笑う莫れ     ようて しゃじょうにふす きみ わろうなかれ

古来征戦 幾人か回る              こらいせいせん いくにんか かえる

上等のワインを大理石のグラスに入れてさあ、飲もうというときに馬に乗った君(この人は異民族か)が琵琶をかき鳴らす。酔っぱらって

砂上で眠ってしまっても 笑わないでおくれ。この戦でも、生きて故郷に戻れるのはほんのわずかな人だけ。

涼洲は中国の漢代、現在の甘粛省中部の武威市を中心に置かれた州名でシルクロードに沿い、中原王朝と遊牧民族の勢力の接点にあった。ゴビ砂

漠などに近いため、いつ遊牧民族に侵入されるか 厳重な警備が必要だった。

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屋根よーリ高いこいのぼりはもうすぐですね。

 

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ませ(籬)の白菊 

籬 (ませ)は、竹や柴で目を粗く編んだ垣根です。今回は古今著聞集〉の「刑部卿敦兼と北の方」のお話、高校の古典のテストに出ませんでした?

ませの内なる白菊も

うつろふみるこそあわれなれ

われらがかよひてみし人も  かくしつつこそかれにしか

Photo_8     刑部卿とは刑罰と司法を担当する刑部省長官で冠位は正四位下、太政大臣など上から数えて十番目、江戸時代で言えば大岡越前守とか遠山の金さんでしょうか。とにかくこの刑部卿 敦兼サマは容貌が醜いことで知られ、その北の方(奥方)は美女で有名 平安時代版 美女と野獣?カップルです。

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  深窓の姫として育ち、世間知らずで親に言われるまま、醜男の敦兼様に嫁いだ北の方は「殿方というもにはこんなもの」と思って、かいがいしく夫の世話をして仲良く暮らしていたのです。                                                ところがところがこの北の方がある時、五節天皇即位後の祭事などで、舞姫などによる舞楽を中心とした行事)を見物してびっくり仰天 ヒェー、うちの敦兼様なんてモノの数にも入らない、世の中はこんなにもハンサムで満ち満ちているのに、よりにもよってババを引いてしまった、もう夫の世話どころか顔も見たくないとなりました。

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北の方の心に嵐が吹き荒れているとも知らず、刑部卿さまは、「今日もよう働いた、疲れ切ったから早く帰って美しい奥方の顔でも見て癒されよう」と帰宅しますが、北の方は目も合わさず、横向いてふくれっ面、 ものも言ってくれません。奥方の意を受けて召使も刑部卿さまのお世話をしませんから、日が経つにつれて このご夫婦はもうアカンという変な雰囲気です。こんな日が続いたある夜更け、灯もなく誰も迎えてくれない真っ暗な家に帰宅した刑部卿さまは、心を静めて篳篥(ひちりき)を吹き、心をこめて「ませのうちなる白菊も…」を繰り返しうたいます。垣根のうちの白菊が枯れてゆくように、あんなに仲良かった私たちも離(か)れてゆくんだね、これを聞いた北の方は哀調込めた篳篥演奏と歌声にたまらず涙して、心を戻し また刑部卿サマと仲良く暮らしたんですって。 古今著聞集の作者、橘成季さんは、「優(いう)なる北の方の心なるべし。」と北の方を褒めています。これにて1件落着 めでたしですが 刑部卿敦兼さまの起死回生策の篳篥は、枕草子の清少納言によれば「下手が吹けば秋の虫ならクツワムシ、上手な楽人が吹けば妙なる音色」と例えられていますから、刑部卿さまは楽人にも負けないくらい上手に演奏され、またよい声で歌ったと思いますよ。 

 

Matutake

 

季節がすっかり進んで、微かに金木犀が匂っていることにも気が行かず只々仕事に追われる慌ただしい日々でした。7月の 「祇園祭」で30年の経験があっさり打ち砕かれた重症トラブルを経験したと書いた後も、開業以来初めてという困難な膿瘍切開が続き、心身ともに疲労困憊、「開業することは身を削って仕事すること」と思い知らされ今後も助産院で乳腺膿瘍を引き受けられるかと珍しく弱気が出ます。  が桶谷そとみ先生に教わった30年前とは、乳腺炎の病源菌も格段に耐性を獲得してcareは難しくなり、患者様との相互の信頼や個人の努力でどこまでできるか?  思い悩む日々が続きます。心配した家族や知人が10月が誕生日の私のお祝いをと豪勢に丹波産マツタケをふるまってくれました。左側にはシブーい中年の調理長が炭火でマツタケを焼いてサービスしてくれる趣向、写真がボケているのはあまりの感激に手が震えた上に、早く頂かないとマツタケ争奪戦が始まるのではと卑しい考えがよぎったせいでしょう。  えッ弱気は似合わない?大丈夫  そんなこと言いましたっけ?と早くも充電完了モード、毒舌もゼッ好調です

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